蜻蛉日記
山賤の後を待ち出て比べてみると、腓の、いや恋のまさっている方もあったことだ。
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蜻蛉日記 - 藤原道綱母
末の松山を越すようなことはありもしないのに、私になぞらえて騒ぎ立てる波であることよ。
松島の、風のままになる波であるからか。寄せる方にこそ、いっそう高く立つのでした。
見た夢を違えかねている秋の夜に、寝るのは難しいものだと思い知りました。
いかにも、違える夢は難しいことでございましょう。逢わないまま日を経る我が身までがつらいことです。
逢うと見たその夢に、かえって心を暗くされて、名残が恋しく、覚めないでいるのでした。
言葉も絶える現実とは、いったい何なのでしょう。かえって夢には通い路があるというのに。
間を川と見て、行き来しない心を眺めていると、そのうえいっそう不吉に言い切ってよいものでしょうか。
渡っていかないので遠方の人になってしまった我が身ですが、心だけは、淵と瀬とを分け隔てなどしましょうか。
人の心は憂しという、その宇治の網代に、まれにも、夜となく昼となく、よくぞ訪ねてくださったことよ。
蜻蛉日記 - 藤原兼家
あなたの帰る日を心のうちに数えながら待っていたのだ。誰のためにこの網代を訪ねたりするだろうか。
年ごとに余ってしまうあなたのために、閏月は置いてあるのだろうか。
桃の花よ。好き者どもを、西王母のそのあたりまで、尋ねにやることだ。
山風が前から吹くので、たこの春の柳の糸は、後ろのほうへ寄ることだ。
数々に、あなたが我が方に寄って引いてくださるので、柳の眉も今こそ開くことだ。
折もあろうに、こうして五月雨が降るころ、たまさかにしか訪れない遠方の人も、いっそう日を経てしまうことだ。