蜻蛉日記 - 藤原兼家
増し水ではないが、まして日が経つものであるなら、同じ濡れるついでに、思い切って下り立ちもしよう。
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蜻蛉日記 - 藤原道綱母
花に咲き、実になり変わってゆくこの世を捨てて、浮葉の露として私は消えてしまうにちがいない。
風でさえも、思いもよらぬ方へ寄せないでいてくださるなら、この世のことは、あの世からでも見届けよう。
露の深い道だとかいう、その死出の山。行かないうちから早くも濡れてゆく袖を、どうしよう。
お住まいを見れば、蓬の茂る門も閉ざしたまま。こうしてあるはずのものと、かつて思っておられただろうか。
山彦の答えがあるとは聞きながら、跡形もない空を尋ねあぐねてしまった。
蜻蛉日記
吹く風につけて物思いをする、その海人の焼く塩の煙を、尋ね出してはくださらないのか。
荒れた浦に塩の煙は立ったけれど、こちらへ吹き返してくる風はなかったのです。
大空をめぐる月日は、幾度めぐり返って、今日というこの日の行く末に巡り会おうとするのだろう。
一声のうちに、そのまま千鳥と聞いたので、幾世を尽くすであろうその数も知られない。
幾年も、駒の越えてゆく山のあたりに住みついていると、綱を引かれてゆく駒までも顔なじみになったことだ。
雲居のかなたから、あちこちの笛の声を聞くにつれて、汲み取れるほどに見える月の光であることよ。
波影の見やられるあたりに立っている小松原は、心を寄せることがあるのだろう。
松の陰か、真砂の中かと尋ね歩くのは、何が飽き足りないのか、鶴の群れ鳥よ。
網代木に心を寄せて日を過ごしていると、幾夜も旅寝をしてしまったことだ。
いざり火も海人の小舟も、のどかであることよ。生きる甲斐のある浦に来たのだった。