古典和歌stream

蜻蛉日記 - 藤原道綱母

世の中にある我が身かはわびぬれば
更にあやめも知られざりけり

世の中に生きている我が身であろうか。つらく思うので、まったく文目も、菖蒲のことも分からなくなってしまった。

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蜻蛉日記 - 藤原道綱母

さむしろのしたまつ事も絕えぬれば
置かむかただになきぞ悲しき

狭筵の下でひそかに待つことも絶えてしまったので、置きどころさえないのが悲しい。

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蜻蛉日記 - 藤原兼家

あさましやのどかにたのむとこのうへを
うちかへしける波の心よ

あきれたことだ。のどかに頼みにしていた床の上を、打ち返してしまった波の心よ。

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蜻蛉日記 - 藤原道綱母

かけてだに思ひやはせし山深く
入りあひの鐘に音を添へむとは

心にかけてさえ思っただろうか。山深く籠って、入相の鐘に自分の泣く声を添えることになろうとは。

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蜻蛉日記

いふよりも聞くぞ悲しき敷島の
世にふるさとの人やもになり

言う人よりも、聞くほうが悲しい。敷島の世に古びてゆく、あの故郷の人はどうなったのだろう。

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蜻蛉日記

身を捨てゝうきをも知らぬ旅だにも
山路にもふかく思ひこそ入れ

身を捨てて、つらさをも知らずに行く旅でさえ、山路には深く思いを入れるものです。

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蜻蛉日記

思ひ出づる時ぞかなしき奧山の
このしたつゆのいとゞしげきに

思い出す時が悲しいのです。奥山の木の下露が、いっそう繁くかかるにつけて。

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蜻蛉日記

世のなかの世のなかならば夏草の
しげき山邊もたづねざらまし

世の中が世の中らしくあったなら、夏草の茂る山辺を尋ねることもなかったでしょうに。

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蜻蛉日記

世の中はおもひの外になるたきの
ふかき山路をたれ知らせけむ

世の中は思いのほかになるもの、その鳴滝の深い山路を、いったい誰が教えたのだろう。

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蜻蛉日記 - 藤原道綱母

物おもひの深さくらべに來て見れば
夏のしげりも物ならなくに

物思いの深さを比べに来て見れば、夏の草木の茂りも物の数ではないのだった。

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蜻蛉日記 - 藤原道綱母

身ひとつのかくなる瀧を尋ぬれば
さらにかへらぬ水もすみけり

我が身ひとつがこうなった、その鳴滝を尋ねてみると、二度と返らない水も澄んで、そこに住んでいるのだった。

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蜻蛉日記

外山だにかゝりけるをとしら雲の
ふかき心は知るも知らぬも

外山でさえこうして雲がかかっていたのに、と思う。白雲の深くかかる奥山の、その深い心は、知る人も知らぬ人も。

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蜻蛉日記

妹背川むかしながらのなかならば
人のゆきゝのかげは見てまし

妹背川が昔ながらの仲であったなら、人の行き来する姿を見ることもできたでしょうに。

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蜻蛉日記 - 藤原道綱母

よしや身のあせむなげきは妹背山
なか行く水の名もかはりけり

ええままよ、我が身が衰えてゆく嘆きは。妹背山の中を行く水は、その名も変わってしまったのだった。

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蜻蛉日記 - 藤原道綱母

うへしたにこがるゝことをたづぬれば
胸のほかには鵜船なりけり

上に下にと焦がれ、漕ぎめぐるものを尋ねてみると、我が胸のほかには鵜船であったのだ。

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蜻蛉日記 - 藤原道綱母

袖ひづる時をだにこそなげきしか
身さへ時雨のふりも行くかな

袖が濡れる、そのときだけでも嘆いていたのに、我が身までもが時雨のように古りゆくことよ。

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