古典和歌stream

蜻蛉日記 - 藤原兼家

身のあきを思ひ亂るゝ花の上の
露のこゝろはいへばさらなり

我が身の秋を思って乱れる花の上の露の心は、言うまでもないことだ。

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蜻蛉日記 - 藤原道綱母

いかにせむ山の端にだにとゞまらで
こゝろも空に出でむ月をば

どうしよう。山の端にさえとどまらないで、心も上の空で出て行こうとする月を。

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蜻蛉日記 - 藤原兼家

久方の空にこゝろの出づといへば
影はそこにもとまるべきかな

大空に心が出て行くと言うのなら、その光はそこにもとどまるはずではないか。

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蜻蛉日記 - 藤原兼家

言の葉は散りもやするととめ置きて
今日はみからもとふにやはあらぬ

言の葉は散ってしまうかもしれないと留め置いて、今日は自分自身で訪ねているのではないか。

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蜻蛉日記 - 藤原道綱母

散りきてもとひぞしてまし言の葉を
こちはさばかり吹きしたよりに

散って来てでもお訪ねくださればよかったのに、言の葉を。東風があれほど吹いた、その便りに。

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蜻蛉日記 - 藤原兼家

こちといへばおほそらなりし風にいで
つけてはとはむあたらなだてに

「こち」と言うのなら、さあ、あのいい加減だった大空の風に託して訪ねよう。惜しくも名ばかり立てることになるが。

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蜻蛉日記 - 藤原道綱母

散らさじとをしみ置きける言の葉を
きながらだにぞ今朝はとはまし

散らすまいと惜しんで留め置いたというその言の葉を、持って来るだけでもよい、今朝は届けてくださればよかったのに。

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蜻蛉日記 - 藤原道綱母

ことわりのをりとは見れど小夜更けて
かくは時雨の降りははつべき

もっともな折とは思うけれど、夜も更けて、これほど時雨が降りしきるなかを出ておしまいになるのか。

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蜻蛉日記 - 藤原道綱母

なつくべき人も放てばみちのくの
うまやかぎりにならむとすらむ

懐くはずの人も放してしまうので、陸奥の駅路の果てのように、これきりになろうとするのだろうか。

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蜻蛉日記 - 藤原兼家

われがなををふちの駒のあればこそ
なつくにつかぬ身とも知られめ

我が名を負うというその駒があるからこそ、懐いていながら人につききらない身だとも知られるのだろう。

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蜻蛉日記 - 藤原道綱母

こまうげになりまさりつゝなつけぬを
こ繩絕えずぞ賴み來にける

来にくそうにばかりなっていって、懐かせることもできないのに、細い縄が絶えないのだけを頼りにしてきたことだ。

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蜻蛉日記 - 藤原兼家

白川の關のせけばやこまうくて
あまたの日をばひき渡りつる

白河の関がせき止めるからだろうか、行きにくくて、幾日もの日を引きながら渡ってきたことだ。

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蜻蛉日記 - 藤原道綱母

天の河七日を契るこゝろあらば
ほしあひばかりのかげを見よとや

天の川で七日に逢う約束をする心があるのなら、星合いほどの姿を見よ、というおつもりなのか。

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蜻蛉日記

みだれ糸のつかさ一つになりてしも
くる事のなど絕えにたるらむ

乱れ糸を繰るではないが、司が一つになったというのに、繰るように来ることが、どうして絶えてしまったのだろう。

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蜻蛉日記 - 藤原兼家

絕ゆといへばいとぞ悲しき君により
同じつかさにくるかひもなく

絶えるとおっしゃると、糸ではないが、たいそう悲しいことです。あなたのおかげで同じ司に来た甲斐もなく。

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蜻蛉日記

夏引のいとことわりやふためみめ
よりありくまに程の經るかも

夏引きの糸ではないが、まことにもっともなことよ。二目三目と縒り歩くうちに、時が経ってしまうのだなあ。

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