十六夜日記 - 阿仏尼
いいかげんに見ただけの仮の枕よ、契りを結んでおいたなどと人に語ってくれるな。
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清見潟の、年を経た岩に尋ねてみよう。波の濡れ衣を、幾重ね着てきたのかと。
慣れないことよ。よそごととして聞いてきた清見潟で、荒磯の波がこのようにかかる寝覚めは。
誰の方へなびききってしまったのか、富士の峰の煙のゆくえが見えなくなってしまったのだろう。
いつの世のふもとの塵が、富士の峰を、雪までも高いこの山にしたのだろうか。
朽ち果ててしまった長柄の橋を、造りたいものだ。富士の煙までも立たなくなってしまったのならば。
冷えきってつらくなった。雪から吹きおろす富士川の川風が凍る、冬の衣の袖よ。
自分の心から降り立つ田子の海人の衣よ、干すことがないのを恨みだなどと人に語ってくれるな。
あわれと思ってくださるのか、三島の神の宮柱よ。ほかならぬここにこそ、私はめぐって来たのだった。
おのずと伝えてきた跡も確かにあるのだから、神はご存じであろう、この敷島の道を。
尋ねて参り、これから越えようとする箱根路を、山あいの、また越える甲斐のある導きだと思う。
箱根の山を急いで越えようとするけれども、それでもまだ明けにくい、横雲のかかる空よ。
見たいことよ。そちらの雲をそばだてたまま、よそのものにしてしまった足柄の山を。
東路の湯坂を越えて見わたすと、塩木が流れている、早川の水よ。
海人の住むその里の名も知らない、白波の寄せる渚に、宿を借りようかしら。
浦路を行く心細さを、波間から出てきて知らせてくれる、有明の月よ。