十六夜日記 - 阿仏尼
待っていてくれたのだな。昔も越えた宮路山は、同じ時雨とめぐり逢うこの時節を。
詳細を見る
主は誰なのだろう。山の裾野に住まいを構えて、あたりのさびしい竹の一むらよ。
住みづらくなって月の都を出てきたけれども、つらいこの身から離れてくれない、有明の月の光よ。
旅人と同じ道に出て来たのだろうか。笠をかぶっている有明の月よ。
私のために波も高いという、高師の浜なのだろうか。袖という湊の波は、やむことがないままで。
白い浜に墨の色をした島つ鳥。筆も及ぶものならば、絵に描いてしまいたいものを。
かもめのいる洲崎の岩も、よそごとではない。波の打ち越すのは、私の袖で見慣れているのだから。
浜松の変わらない木かげを尋ねて来て、かつて見た人がもういないので、昔のことをこの松に問うのだ。
水の泡のようなはかない世を渡っていくありさまを見よ。早瀬の小舟は、竿を休めることもない。
誰が来て見つけた里だというので見付の里と呼ぶのか、それを聞くとすぐに、いっそう旅寝の空が恐ろしくなる。
一日かけて越えて日の暮れた、ふもとの里の夕闇に、松風を送ってくる小夜の中山よ。
雲のかかる小夜の中山を越えてしまったとは、都に告げてくれ、有明の月よ。
渡ろうと思いをかけたことがあっただろうか。東路にあるとだけは聞いていた、その菊川の水を。
思い出す都のことがらは、大井河の幾瀬の石の数でも及ぶまい。
私の心は現ともつかない。宇津の山にいて、夢にさえも遠い昔を恋しく思っているので。
蔦や楓は、時雨の降らない間も、宇津の山では、涙によって袖の色が焦がれるように染まっている。