万葉集
山椿の咲く幾重もの峰を越えて、鹿を待ち伏せるあなたの、身を慎んで無事を祈る妻であることよ。
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夜明けだと夜烏が鳴くけれど、この岡の梢の上は、まだ静かなままだ。
西の市にただ一人で出かけて、見比べもせずに買ってしまった絹は、買いそこないだったことよ。
今年出発して行く新しい防人の麻の衣の、肩のほつれは、いったい誰が手に取って繕ってくれるのだろうか。
大船を荒海に漕ぎ出して、さあ船を進めよ。私が見たあの子の目もとは、はっきりと目に浮かぶ。
巻向山は昔と変わらずにあるけれども、亡くなってしまった人のもとに行って、その手を枕にすることなどできようか。
巻向の山のあたりに音を響かせて流れて行く水の泡のようなものだ。この世に生きる人である私は。
泊瀬の山に照る月は、満ちたり欠けたりしてきたのだった。人の身が無常であるように。
遠く離れていて、雲のかなたに見える妻の家に早く着こう。歩め、黒馬よ。
今作っているまだら模様の衣が、面影となって私の目に浮かんでくる。まだ着てはいないけれど。
紅色に衣を染めたいと思うけれど、それを着て色が照り映えたなら、人が知ってしまうだろうか。
あれこれと人は言っても、私は織り続けよう。私の機で織っている白い麻の衣を。
あじ鴨の群れが波にたわむように揺れ寄る海に舟を浮かべて、白玉を採ろうとしていると人に知られるな。
あちこちの磯の中にある白玉を、人に知られずに見る手立てがあればよいのに。
海の神が手に巻いて持っている玉のために、磯の浦のあたりで潜って探していることよ。
海の神が持っている白玉を見たいと思って、千度も祈りの言葉を口にしたのだ、潜って漁をする海人は。