古典和歌stream

万葉集 - 柿本人麻呂

黄葉の過ぎにし子らと携はり
遊びし磯を見れば悲しも

もみじ葉が散るように亡くなってしまった妻と、手を取り合って遊んだ磯を見ると、悲しいことよ。

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万葉集 - 柿本人麻呂

潮気立つ荒磯にはあれど行く水の
過ぎにし妹が形見とぞ来し

潮の香の立つ荒々しい磯ではあるけれども、流れ去る水のように亡くなってしまった妻の形見として、ここへやって来たのだ。

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万葉集 - 柿本人麻呂

いにしへに妹と我が見しぬばたまの
黒牛潟を見れば寂しも

以前に妻と私とで見た黒牛潟を、今独りで見ると寂しいことよ。

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万葉集 - 柿本人麻呂

玉津島磯の浦廻の真砂にも
にほひて行かな妹も触れけむ

玉津島の磯の入り江の細かな砂にも、衣を染めて行こう。妻もかつて触れたであろうから。

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万葉集 - 田辺福麻呂(福麻呂歌集所出)

古への信太壮士の妻問ひし
菟原娘子の奥城ぞこれ

昔、信太壮士が妻にと求めた菟原娘子の墓は、これなのだ。

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万葉集 - 田辺福麻呂(福麻呂歌集所出)

語り継ぐからにもここだ恋しきを
直目に見けむ古へ壮士

語り伝えを聞くだけでも、これほど慕わしく思われるのに、じかにその姿を見たであろう昔の男たちは、どれほどであったろう。

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万葉集 - 田辺福麻呂(福麻呂歌集所出)

別れてもまたも逢ふべく思ほえば
心乱れて我れ恋ひめやも

別れても、また逢えると思えるのなら、心乱れてこれほど恋い慕うだろうか。

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万葉集 - 田辺福麻呂(福麻呂歌集所出)

あしひきの荒山中に送り置きて
帰らふ見れば心苦しも

人気のない山の中に弟を葬り置いて、人々が帰って行くのを見ると、胸が痛むことよ。

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万葉集 - 高橋虫麻呂(虫麻呂歌集所出)

勝鹿の真間の井見れば立ち平し
水汲ましけむ手児名し思ほゆ

勝鹿の真間の井を見ると、いつも通って道を踏みならし、水を汲んだという手児名のことがしのばれる。

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万葉集 - 高橋虫麻呂(虫麻呂歌集所出)

芦屋の菟原娘子の奥城を
行き来と見れば哭のみし泣かゆ

芦屋の菟原娘子の墓を、行きにも帰りにも見ると、ただ声をあげて泣けてくる。

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万葉集 - 高橋虫麻呂(虫麻呂歌集所出)

墓の上の木の枝靡けり聞きしごと
茅渟壮士にし寄りにけらしも

墓の上の木の枝がなびいている。聞いていたとおり、娘子の心は茅渟壮士に寄っていたらしい。

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万葉集 - 柿本人麻呂

ひさかたの天の香具山この夕
霞たなびく春立つらしも

天の香具山に、この夕方、霞がたなびいている。どうやら春が来たらしい。

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万葉集 - 柿本人麻呂

巻向の桧原に立てる春霞
おほにし思はばなづみ来めやも

巻向の檜の林に立ちこめている春霞よ。おざなりに思っているのなら、こうして難儀しながらやって来ることなどあろうか。

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万葉集 - 柿本人麻呂

いにしへの人の植ゑけむ杉が枝に
霞たなびく春は来ぬらし

昔の人が植えたのであろう杉の枝に、霞がたなびいている。春はやって来たらしい。

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万葉集 - 柿本人麻呂

子らが手を巻向山に春されば
木の葉しのぎて霞たなびく

巻向山に春が来ると、木々の葉を押し分けるようにして霞がたなびいている。

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万葉集 - 柿本人麻呂

玉かぎる夕さり来ればさつ人の
弓月が岳に霞たなびく

夕方がやって来ると、弓月が岳に霞がたなびいている。

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