万葉集
春がやって来たらしい。山あいの遠くの梢が次々と咲いていくのを見ると。
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雉の鳴く高円のあたりに、桜の花が散って流れるように舞っている。見てくれる人がいればよいのに。
阿保山の桜の花は、今日も散り乱れているのだろうか、見る人もないままに。
かじか蛙の鳴く吉野川の激流のほとりの馬酔木の花だ。決して端の方に置いたりするな。
春雨に抗いきれずに、我が家の桜の花は咲き始めたことだ。
春雨よ、ひどく降らないでおくれ。桜の花をまだ見ていないのに、散ってしまうのは惜しいことだ。
春になると散ってしまうのが惜しい梅の花よ。しばらくは咲かずに、つぼみのままでいてほしい。
見渡すと、春日の野辺に霞が立ち、美しく咲き映えているのは桜の花であろうか。
早くこの夜が明けてほしい。鴬が枝から枝へと伝って散らす梅の花を見よう。
春霞がたなびく今日の夕月は、高松の野にさぞ清らかに照っていることだろう。
春になると、木々が茂って薄暗い木陰の夕月は、ぼんやりとしておぼつかないことだ。山の陰にあって。
春の日の夕暮れには、木の間から移りゆく月を、いつ出るかと待つことだろう。
ただの春の雨であったのに、雨宿りをして、あの子の家へ行く道の途中でこの一日を暮らしてしまった。
今すぐ行って聞きたいものだ。明日香川の、春雨が降って激しく流れる瀬の音を。
春日野に煙が立つのが見える。娘たちが春の野のよめなを摘んで煮ているらしい。
春日野の浅茅の上で、気の合う仲間どうしで遊ぶ今日のこの日を、忘れることなどあろうか。