万葉集
春霞の立つ春日野を行き来して、私はこの野を見よう、いよいよ毎年毎年。
詳細を見る
春の野で心をのびのびとさせようと、気の合う仲間どうしでやって来た今日の日は、暮れないでいてくれないものか。
大宮人たちは暇があるからだろうか、梅の花を髪に挿して、ここに集まっている。
冬が過ぎて春が来ると、年月は新しくなるけれども、人は年老いていく。
物はすべて新しいのがよい。けれども人だけは、年を経て古くなったのがよいのだろう。
住吉の里に行ったところ、春の花のようにいよいよ心ひかれるあなたに逢えたことだ。
我が家の毛桃の木の下に月の光がさして、心の内は晴れやかだ。このごろはますます。
万葉集 - 柿本人麻呂
春の山で連れ立つ鴬が鳴き別れるように、泣きながら別れてお帰りになる間も、私のことを思っていてください。
春に咲く花を手折って持ちながら、千度という限りを尽くして恋い続けることだ。
春の山の霧に迷っている鴬も、私以上に物思いをしているだろうか、いやそうではあるまい。
外に出て見る向かいの岡に、根元までびっしりと咲いている花が実を結ばずに終わることはあるまい。
霞の立つ春の長い一日を恋しく思って暮らし、夜も更けていくのに、あの子は逢ってくれないものか。
春になるとまず咲く三枝のように、無事でさえいれば、後にもきっと逢えるだろう。そんなに恋い焦がれるな、我が妻よ。
春になるとしだれ柳がたわわにしなうように、あの子は私の心にすっかり乗りかかってしまったことだ。
春になると百舌鳥が草にもぐって姿が見えなくなるように、あなたの姿が見えなくても、私はあなたの住むあたりを眺めやろう。
貌鳥が絶え間なくしきりに鳴く春の野の草の根が茂っているように、しきりに思う恋をすることだ。