万葉集
あなたが恋しくてどうしようもなく、春雨が降っているのもかまわずに、家を出てやって来たことだ。
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今さらあなたは出て行きはしないだろう。春雨の心、あなたを引き留めようと降る雨の心を、人が知らないわけではないのだから。
春雨で衣がひどく濡れ通ることなどあるだろうか。それなのに七日降ったら七日来ないというのか。
梅の花を散らす春雨がひどく降っている。旅先であなたは仮の宿りをしているのだろうか。
国栖の人々が春菜を摘んでいるだろう司馬の野の、その名のように、しばしばあなたを思うこのごろである。
春の草のように茂る私の恋は、大海の岸辺に寄せていく波のように、幾重にも積もってしまった。
ぼんやりとほのかにあなたを見ただけで、菅の根のように長い春の日を恋い続けることだ。
梅の花が咲いて散ってしまったならば、恋しいあの子が来るか来ないかと、私が待つ、その松の木なのだ。
今、春の山に流れて行く雲のように、行き別れてしまうのだろうか。こんなにも恋しいのに。
立派な男子である私が、伏したり座ったりして嘆きながら作ったしだれ柳のかづらを、髪飾りにしておくれ、我が妻よ。
朝、戸を出て帰って行くあなたの姿をよく見ないままに、長い春の日を恋しく思いながら過ごすことになるのだろうか。
春山の馬酔木の花のように、悪くはないあなたとなら、ええままよ、噂を立てられてもかまわない。
石上の布留の神杉のように年を経て古びてしまった私が、今さらまた恋に出会ったことだ。
さのかたの木が実にならなくても、せめて花だけでも咲いて見せておくれ。恋の慰めとして。
さのかたはもう実になってしまったのに、今さら春雨が降ったところで花が咲くだろうか、いや咲きはしない。
引津のあたりのなのりそに花が咲くほど長い間、逢ってくれないあなたであることよ。