万葉集
何事もなく黙っていられる時にこそ鳴いてほしい。ひぐらしが、物思いをしている時に限って、むやみに鳴き続けることだ。
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いとしい娘が衣を摺り染めるのに、美しく色づいておくれ、島の榛原よ。まだ秋にはならなくとも。
風に散る花橘を袖に受けて、あなたの残していったなごりとして偲んだことだ。
香り高い花橘を玉のように緒に通して、贈ろうと思う恋人は、やつれてしまっているだろうか。
ほととぎすが来て鳴き響かせる橘の、花の散る庭を見る人は誰であろうか。
我が家の花橘は散ってしまった。悔やまれる時においでになったあなたであることよ。
見渡すと向かいの野辺のなでしこが散るのは惜しいことだ。雨よ、降らないでおくれ。
雨の晴れ間が来たら国見もしようと思うのに、故郷の花橘はもう散ってしまっただろうか。
野辺を見るとなでしこの花が咲いていた。私が待つ秋は近づいてきたらしい。
恋しいあの子に逢うという名の楝の花は、散り過ぎないで、今咲いているままであってくれないものか。
春日野の藤はもう散ってしまって、薬狩りの人々は何を折って髪に挿すのだろうか。
時期でもないのに玉を緒に通したことだ。卯の花の咲く五月を待っていたら、あまりに長くかかりそうなので。
卯の花が咲いては散る岡を通って、ほととぎすが鳴きながら渡っていく。あなたは聞きましたか。
聞いたかとあなたがお尋ねになったほととぎすは、しっとりと濡れて、ここを鳴きながら渡っていった。
橘の花が散る里に私が通って行ったならば、山のほととぎすが鳴き騒ぐことだろうか。
春になるとじが蜂が飛び回る野のほととぎす、その名のように、ほとほと、あやうくあの子に逢わずに帰って来るところだった。