万葉集
五月の山の花橘にほととぎすが隠れて鳴くころに、ようやく逢えたあなたであることよ。
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ほととぎすが来て鳴く五月の短い夜も、ひとりで寝ると、明かしかねることだ。
ひぐらしは決まった時を定めて鳴くけれども、片思いのために、か弱い女の私は時の区別もなく泣いている。
人の噂は夏の野の草のように繁くとも、かまいはしない。あの子と私とが手を取り合って寝るのなら。
このごろの恋の思いの絶え間ないことは、夏草が刈り払っても刈り払っても、次々と生い茂ってくるようなものだ。
葛の這う夏の野の茂りのように、こんなに絶え間なく恋い続けたならば、本当に私の命は無事でいられようか。
私だけがこのように恋しく思っているのだろうか。杜若のように頬の美しいあの子は、どう思っているのだろう。
片縒りに糸を私は縒っている。あの方の家の花橘を、この糸に通そうと思って。
鴬の行き来する垣根の卯の花ではないが、何か憂いことでもあるのだろうか、あなたがおいでにならないのは。
卯の花が咲くようには心を開いてくれない人に、恋い続けるのだろうか、片思いのままで。
私のことこそ憎く思っているのでしょう。けれども、我が家の花橘を見にさえ来ないというのですか。
ほととぎすが来て鳴き響かせる岡のあたりの藤の花を見には、あなたは来ないというのですか。
心に秘めてばかり恋い慕っていると苦しい。なでしこの花となって咲き出ておくれ。毎朝それを見よう。
よそながら見るだけで恋い続けよう。紅の末摘花のように、はっきり色に出して示さなくとも。
夏草の露を分けて行く時の衣を着ているわけでもないのに、私の袖は乾く時もない。
六月の、大地さえ裂けるほど照りつける日の光にも、私の袖は乾くだろうか、いや乾きはしない。あなたに逢わないでいては。