万葉集
ただ今夜だけ逢えたあの子に、言葉を交わすこともまだしないうちに、夜が明けてしまった。
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天の川に白波が高く立っている。私が恋い慕うあなたの舟出は、今まさに行われているらしい。
機織りの道具のまね木を持って行って、天の川に板の橋を渡そう。あなたが来られるように。
天の川に霧が立ち上っている。織女の雲の衣の、ひるがえる袖であろうか。
昔から織ってきた布を、この夕べ衣に縫い上げて、あなたを待っている私であるのに。
足玉も手玉も揺らして鳴らしながら織っている布を、あなたの御衣に縫い上げることができるだろうか。
月日を選んでようやく逢えたのだから、別れるのが惜しいあなたには、明日までもいてほしい。
天の川の渡り瀬が深いので、舟を浮かべて漕いでやって来るあなたの楫の音が聞こえる。
天の原を振り仰いで遠く見やると、天の川に霧が一面に立ちこめている。あなたはやって来たらしい。
天の川の瀬ごとに幣を捧げる心は、あなたが無事においでになるようにとの思いからである。
天の川の渡し場に舟を浮かべて、あなたを待つこの夜は、明けないでいてくれないものか。
天の川を水に浸りながら渡って来たあなたの手も、まだ枕にしていないのに、夜が更けてしまったことよ。
渡し守よ、舟を渡せと呼ぶ声が届かないからだろうか、楫の音がしない。
長い日々、川に向かって立っていた袖を、今夜こそ枕にしようと思うことのうれしさよ。
天の川の渡り瀬ごとに思い続けながらやって来たかいがあった。こうして逢えたことを思うと。
人までもが見続けずにいられようか。彦星が妻を呼んで漕ぐ舟が近づいて行くのを。