平家物語
有明の月も明るい明石の浦、その浦風のなかで、夜らしいものといえば寄せてくる波ばかりに見えた。
詳細を見る
雲間からただ漏れてきた月なのだから、いいかげんなことでは、どこから来たものかを言うまいと思う。
芽を出す草も、枯れてゆく草も、同じ野辺に生える草だ。そのうちのどれが、秋に遭わずに終わることができるだろうか。
つらい節目に沈みきってしまうこともできず、川辺の竹のように、この世に前例のない浮き名を流すことになるのだろうか。
思いもしなかった。このつらい身のまま、めぐりめぐってここへ戻り、あのときと同じ雲井の月を見ることになろうとは。
桜の花よ、賀茂の川風を恨むな。散ってゆくのを引きとめることは、その風にもできなかったのだ。
深い山の木々のなかでは、どの梢とも見分けがつかなかった桜が、花が咲いたことで、それとはっきり現れた。
陸奥の阿古屋の松に隠れて、出るはずの月が、いっこうに出ようとしないことだ。
祈り続けてきた我が立つ杣の山が、うって変わって、人のいない峰となり果ててしまうのだろうか。
とうとうこのように世を背き果ててしまった。この世を、もっと早く捨てなかったことが悔やまれる。
神に祈る心がこれほど深く重なっているのだから、どうして都へ帰れないことがあろうか。
薩摩潟の沖の小島に私が生きていると、親には告げてくれ、幾重にも吹き渡る潮風よ。
察してくれ。しばらくの間と思っている旅でさえ、やはり故郷は恋しいものなのだから。
故郷の花が物を言う世であったなら、どんなにか昔のことを尋ねたいものを。
故郷の家の軒の板間には苔が生えていて、思っていたほどには月の光が漏れてこないことだ。
雲居から落ちてくる滝の白糸に、こうして契りを結ぶことができるのは、うれしいことだ。