万葉集
昔ここにいた人も、私と同じように、三輪の檜原で小枝を折って髪に挿したのだろうか。
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流れ去る川のように過ぎ去ってしまった人が手折らないので、しおれたように立っている、三輪の檜原は。
吉野の青根が岳の苔の敷物は、いったい誰が織ったのだろうか。縦糸も横糸もないのに。
恋しい人のもとへ私が通う道の篠やすすきよ、私が通るときには靡き伏してくれ、篠原よ。
山の間を渡ってゆく秋沙鴨が、行って降り立つであろうその川の瀬に、波よ決して立ってくれるな。
佐保川の清らかな川原で鳴く千鳥は、河鹿とともに、二つながら忘れることができない。
佐保川で鳴き騒いでいる千鳥よ、夜が更けてからおまえの声を聞くと、眠ることもできないのに。
清らかな瀬で千鳥が妻を呼んで鳴き、山の間には霞が立っているだろう、あの神なびの里では。
年月もまだそれほど経っていないのに、明日香川の瀬ごとに渡してあった飛び石も、もうなくなってしまった。
激しく流れ落ちる走り井の水が清らかなので、それを後に残して私は立ち去りかねることだ。
馬酔木の花のように栄えていたあの方が掘った井戸の、石で囲った井の水は、いくら飲んでも飽きることがない。
琴を手に取ると、まず嘆きが先に立つ。ひょっとすると、琴の胴の空洞の中に妻が隠れているのだろうか。
神々しく、岩がごつごつと険しい吉野の水分山を見ると、身にしみて心が動かされることだ。
誰もが恋い慕う吉野を今日見ると、なるほど皆が恋い慕ったのももっともだ。山も川も清らかなので。
夢のわだとは、名前だけのことだったのだ。現実に見て来たのだから。思いに思い続けていたので。
神である天皇の宮に仕える宮人の私は、ところづらのように、いよいよ永久に、この吉野を繰り返し訪れて見よう。