万葉集
思いがあふれて、どうにもしようがないので、畝傍の山に私は標を結ってしまった。
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春の広い野を焼く人は、野を焼くだけでは焼き足りないのだろうか、私の心まで焼くことだ。
葛城の高間の萱の野を早くから知って、標を刺しておけばよかったのに。今となっては悔しい。
我が家の庭に生えているつちはりよ、心から思ってもいない人の衣に摺られるな。
月草で衣を色どって摺り染めようと思うけれど、移ろいやすい色だと人が言うのがつらいことだ。
紫の糸を私は搓っている。山橘の実を糸に通そうと思って。
越智の菅原を、私は刈らずにいて、他人が刈るとしたら惜しい菅原よ。
山が高いので夕日が隠れてしまった。この浅茅原を、後で見るために標を結っておけばよかったのに。
人の噂がうるさいのなら、どうにでもしよう。岩代の野辺の下草を、私が刈り取ったのならば。
鷲が棲む雲梯の杜の菅の根を、衣に摺り付けて私に着せてくれる娘がいればよいのに。
常ならぬ人国山の秋津野のかきつばたを、夢に見たことよ。
佐紀沢のほとりの葛の原よ、いつになったらその蔓を手繰って、私の衣として着られるのだろう。
あなたに似ている草だと見た時から、私が標を張って占めてきた野山の浅茅を、人よ、刈らないでおくれ。
三島江の玉江の薦を、標を張って占めた時から、自分のものだと思っている。まだ刈ってはいないけれど。
こうしてやはり老いてしまうのだろうか。雪の降る大荒木野の篠竹ではないのに。
近江の八橋の篠竹を、矢に作らずに、本当にいられようか。こんなに恋しいのに。