万葉集
数多くの島々をめぐって漕いでゆく舟に乗るように、私の心に乗ってしまったあの人のことが忘れられないことよ。
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島伝いに行く足の速い小舟が風の様子をうかがっているように、年は過ぎてしまうのだろうか。逢うということもなしに。
水しぶきが霧のように立ちこめる沖の小島に、風が激しいので、舟を寄せることができないでいる。心では思っているけれど。
どうせ離すのなら、沖にいるうちに離してほしい。港から岸に着こうとするその時になって、離してよいものか。
鏡のようにいつも私が見ていたあなたを、阿婆の野の花橘の実のような玉として拾ったことだ。
秋津野のことを人が口にするので、朝に撒いたあなたのことが思われて、嘆きはやまない。
秋津野に朝かかっている雲が消えてゆくと、昨日も今日も亡き人のことが思われる。
泊瀬の山に霞が立ち、たなびいている雲は、亡き妻であろうか。
でたらめの言葉か、人を惑わす言葉か。あの人が泊瀬の山に仮の庵を結んでいるというのは。
秋の山の黄葉を心ひかれるものと思って、しょんぼりと山に入ってしまった妻は、待っても帰っていらっしゃらない。
この世は、まことに二度と生を繰り返すことはないらしい。死んでしまった妻に逢えないことを思うと。
どれほど幸せな人なのだろうか、黒髪が白くなるまで妻の声を聞いているのは。
私の夫がどこへ行くものかと思って、背を向け合って寝たことが、今となっては悔しい。
鶏の垂れた尾の乱れ尾が長いように、気長にこらえる心も持てないことよ。
薦の枕を共にして寝た妻がいるのならばこそ、夜が更けてゆくことも私は惜しむだろうに。
妻は玉なのだろうか。清らかな山のあたりに撒くと、散ってしまった。