源氏物語 - 紫式部
葵を挿していたその心こそ浮ついたものに思われる。大勢の人が誰彼かまわず逢う日だというのに。
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悔しくも葵を挿してしまったことよ。名ばかりで、人を頼らせておくだけの草葉にすぎないものを。
袖が濡れる恋の道だと一方では知りながら、その泥に下り立つ田人である自分こそがつらい。
あなたは浅い所に下り立っているのだろうか。私のほうは、身までびしょ濡れになるほど深い恋の道なのに。
嘆きに耐えかねて空にさまよい出るわたしの魂を、下前の褄を結んで留めてください。
立ちのぼった煙がどれとも見分けはつかないけれど、空一面がしみじみと胸に迫ることよ。
定めがあるので喪服の色は薄いけれど、涙が袖を深い淵にしてしまったことだ。
人の世のはかなさを伝え聞くにつけても涙がちであるのに、後に残された方の袖のことを思いやっております。
残っている身も消えた人も同じ露のようなこの世で、互いに隔てを置いているのは、はかないことです。
雨となって時雨れている空の浮雲を、どれがその人だと見分けて眺めればよいのだろう。
親しんだ人が雨となってしまった空までが、いっそう時雨に暗く閉ざされているこのごろだ。
草の枯れた垣根に残っている撫子を、別れた秋の形見と見ることだ。
今こうして見ても、かえって袖を涙で朽ちさせることだ。垣根の荒れてしまった大和撫子を。
とりわけこの夕暮れこそ袖が涙に濡れることだ。物思いに沈む秋はいくつも過ごしてきたけれど。
秋霧の中で先立たれなさったと聞いてからは、時雨れる空をご覧になるお心はいかばかりかと思っております。
亡くなった人の魂がいっそう悲しく思われる。かつて共に寝た床を離れがたく思う、その心の習いのせいで。