古典和歌stream

新古今和歌集 - 西行

山陰にすまぬ心はいかなれや
惜しまれて入る月もあるよに

山陰に住まない心とは、いったいどういうものなのだろう。人に惜しまれながらも山に入ってゆく月さえある世であるのに。

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新古今和歌集 - 寂蓮

立ち出でて爪木折りこし片岡の
深き山路となりにけるかな

庵から出ては薪を折り取って来た片岡の道が、年を経て、深い山道となってしまったことだ。

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新古今和歌集 - 後鳥羽院

奥山のおどろが下も踏み分けて
道ある世ぞと人に知らせん

奥山の茨の茂みの下までも踏み分けて、正しい道の行われている世であると人々に知らせよう。

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新古今和歌集 - 二条院讃岐

長らへて猶君が代をまつ山の
待つとせし間に年ぞ経にける

生きながらえて、なおも君の御代の栄えを待つ、その松山のように待つと思っていた間に、年月が過ぎてしまった。

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新古今和歌集 - 藤原俊成

今はとて爪木こるべき宿の松
千代をば君と猶祈るかな

今はもう世を捨てた身として、薪に伐るべき山家の松であるが、その松の千代の齢を、君のものとしてやはり祈ることだ。

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新古今和歌集 - 藤原有家

われながら思ふかものをとばかりに
袖にしぐるる庭の松風

自分ながら物思いをしているのかと思うほどに、袖に時雨が降るように涙を誘う、庭の松風であることよ。

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新古今和歌集 - 道命

世を背く所とか聞く奥山は
もの思ひにぞ入るべかりける

世を背く人の住む所と聞いていた奥山は、実は物思いに沈むために入るべき所であったのだ。

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新古今和歌集 - 和泉式部

世を背く方はいづくにありぬべし
大原山は住みよかりきや

世を背いて住む所は、どこにでもあるにちがいない。それなのにあなたが選んだ大原山は、住みよかったのですか。

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新古今和歌集 - 少将井尼

思ふことおほはら山の炭竈は
いとどなげきの数をこそ積め

思うことの多い大原山の炭竈は、いっそう嘆きの数を、投げ木を積むように積み重ねるばかりです。

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新古今和歌集 - 西行

誰住みてあはれ知るらん山里の
雨降りすさむ夕暮の空

誰が住んで、このしみじみとした趣を知っているのだろうか。山里の、雨が激しく降り荒れる夕暮れの空よ。

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新古今和歌集 - 西行

枝折せでなほ山深く分け入らん
憂きこと聞かぬ所ありやと

帰り道のしるしの枝折もせずに、さらに山深く分け入ろう。つらいことを聞かないですむ所があるかと思って。

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新古今和歌集 - 殷富門院大輔

かざし折る三輪の繁山かき分けて
あはれとぞ思ふ杉立てる門

かざしの枝を折る三輪の茂った山をかき分けて来て、しみじみと心打たれることだ、杉の立っている門を見ると。

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新古今和歌集 - 道命

いつとなきをぐらの山の陰を見て
暮れぬと人の急ぐなるかな

いつということなく小暗い小倉の山の陰を見て、もう日が暮れたと、人は帰りを急いでいるようだ。

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新古今和歌集 - 藤原定家

嵯峨の山千代の古道跡とめて
また露分くるもちづきの駒

嵯峨の山の、千代を経た古い道の跡をたどって、また露を分けて進んで行く望月の駒であることよ。

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新古今和歌集 - 藤原忠実

佐保川の流れ久しき身なれども
うき瀬にあひて沈みぬるかな

佐保川の流れのように、長く続いてきた家の流れを受けた身であるけれども、つらい瀬に出あって沈んでしまったことだ。

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新古今和歌集 - 藤原兼家

かかる瀬もありけるものを宇治川の
絶えぬばかりも嘆きけるかな

このような喜びの瀬もあったというのに、宇治川の流れが絶えてしまうかと思うほどに、嘆いていたことだ。

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