古典和歌stream

新古今和歌集 - 式子内親王

今は我松の柱の杉の庵に
閉づべきものを苔深き袖

今はもう私は、松の柱に杉で葺いた庵に閉じこもるべき身であるのに。苔深い僧衣の袖を着ているのだから。

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新古今和歌集 - 小侍従

樒摘む山路の露に濡れにけり
暁起きの墨染の袖

仏に供える樒を摘む山道の露に濡れてしまった。暁に起きて勤める、墨染の衣の袖は。

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新古今和歌集 - 藤原良経

忘れじの人だに訪はぬ山路かな
桜は雪に降り変はれども

忘れまいと言った人さえも訪ねて来ない山道であることよ。桜は雪へと降り変わったけれども。

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新古今和歌集 - 飛鳥井雅経

影宿す露のみしげくなり果てて
草にやつるる故郷の月

月の光を宿す露ばかりが一面に多くなってしまって、生い茂る草の中にみすぼらしく見える、荒れた故郷の月であることよ。

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新古今和歌集 - 賀茂重保

煙絶えて焼く人もなき炭竈の
跡のなげきを誰か樵るらん

煙が絶えて、焼く人もいなくなった炭竈の跡に残る投げ木を、そしてあとに残された者の嘆きを、いったい誰が樵るのだろうか。

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新古今和歌集 - 西日法師

八十あまり西の迎へを待ちかねて
住み荒らしたる柴の庵ぞ

八十歳を過ぎて、西方浄土からの迎えを待ちかねたまま、住み荒らしてしまった柴の庵なのです。

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新古今和歌集 - 慈円

山里に訪ひ来る人の言種は
この住まゐこそ羨ましけれ

山里に訪ねて来る人の口癖は、決まって「この住まいこそうらやましい」というものだ。

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新古今和歌集 - 式子内親王

斧の柄の朽ちし昔は遠けれど
ありしにもあらぬ世をも経るかな

斧の柄が朽ちるほどの長い時が過ぎたという昔の話は遠いことだけれども、私はかつてとはまるで違ってしまった世を過ごしていることだ。

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新古今和歌集 - 藤原俊成

いかにせん賤が園生の奥の竹
かき籠るともよの中ぞかし

どうしたらよいのだろう。身分の低い者の庭の奥の竹のように、奥深く引き籠ったとしても、竹に節があるように、そこもやはり世の中なのだ。

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新古今和歌集 - 祝部成仲

明け暮れは昔をのみぞしのぶ草
葉末の露に袖濡らしつつ

朝に夕に、ただ昔ばかりを偲んでいる。しのぶ草の葉先の露のような涙に、袖を濡らしながら。

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新古今和歌集 - 慈円

岡の辺の里のあるじを尋ぬれば
人は答へず山おろしの風

岡のあたりの里の主を訪ねてみると、人は答えず、ただ山から吹き下ろす風の音がするばかりである。

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新古今和歌集 - 西行

古畑のそばの立つ木にゐる鳩の
友呼ぶ声のすごき夕暮

荒れた古い畑の崖のほとりに立つ木にとまっている鳩が、仲間を呼ぶ声のもの寂しい夕暮れであることよ。

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新古今和歌集 - 西行

山がつの片岡かけて占むる野の
境に立てる玉の緒柳

山里に住む人が、片岡にかけて自分の土地として標を張った野の境に立っている、玉の緒のように細い枝を垂らした柳であることよ。

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新古今和歌集 - 西行

茂き野をいく一群に分けなして
さらに昔をしのびかへさん

草の生い茂った野を、いくつかの群れに刈り分けて、あらためて昔の姿を偲び返そう。

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新古今和歌集 - 西行

昔見し庭の小松に年古りて
嵐の音を梢にぞ聞く

昔見た庭の小さな松に年月が積もって大きくなり、今は嵐の音をその梢に聞くことだ。

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新古今和歌集 - 行尊

住み慣れしわが故郷はこのごろや
浅茅が原に鶉鳴くらん

住み慣れた私の故郷の僧房は、このごろは、浅茅の茂る野原となって、鶉が鳴いているのだろうか。

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