古典和歌stream

新古今和歌集 - 寂蓮

紫の雲路にさそふ琴の音に
憂き世をはらふ峰の松風

紫の雲の路へと誘う琴の音に合わせて、憂き世の塵を払うように峰の松風が吹いている。

詳細を見る

新古今和歌集 - 寂蓮

これやこの憂き世のほかの春ならん
花のとぼそのあけぼのの空

これこそが、憂き世の外にある春なのだろう。蓮の花の扉が開く、明け方の空よ。

詳細を見る

新古今和歌集 - 寂蓮

春秋に限らぬ花に置く露は
おくれ先立つ恨みやはある

春秋の季節に限らず咲き続ける花に置く露には、後に残されたり先立ったりする恨みなどあろうか、ありはしない。

詳細を見る

新古今和歌集 - 寂蓮

たちかへり苦しき海に置く網も
ふかきえにこそ心ひくらめ

再び立ち帰って苦しみの海に下ろす網も、深い入り江、すなわち深い縁のある人々にこそ、心を引かれて引くのだろう。

詳細を見る

新古今和歌集 - 慈円

いづくにもわが法ならぬ法やあると
空吹く風に問へど答へぬ

どこかに、わが仏の法ではない法があるのかと、空を吹く風に問うてみても、答えはない。

詳細を見る

新古今和歌集 - 慈円

思ふなよ憂き世の中を出ではてて
宿る奥にも宿はありけり

それで終わりだと思うなよ。憂き世の中をすっかり出て、身を寄せたその奥にも、さらに宿はあるのだった。

詳細を見る

新古今和歌集 - 慈円

鷲の山今日聞く法の道ならで
帰らぬ宿に行く人ぞなき

鷲の山で今日聞く法の道によらずには、二度と迷いの世に帰らない宿に行く人はいない。

詳細を見る

新古今和歌集 - 慈円

をしなべて空しき空と思ひしに
藤咲きぬれば紫の雲

すべては何もない空しい空だと思っていたのに、藤が咲くと、それは紫の雲であった。

詳細を見る

新古今和歌集 - 崇徳院

をしなべて憂き身はさこそなるみ潟
満ち干る潮の変はるのみかは

すべて憂き身というものは、そのように移り変わってゆくのだ。鳴海潟の満ち干する潮だけが変わるのであろうか、いやそうではない。

詳細を見る

新古今和歌集 - 崇徳院

朝日さす峰のつづきはめぐめども
まだ霜深し谷の陰草

朝日の差す峰続きの草木は芽ぐんでいるが、谷の日陰の草には、まだ霜が深く降りている。

詳細を見る

新古今和歌集 - 九条兼実

底清く心の水を澄まさずは
いかがさとりの蓮をも見ん

心の水を底まで清く澄ませなければ、どうして悟りの蓮の花を見ることができようか。

詳細を見る

新古今和歌集 - 藤原経家

さらずとていく世もあらじいざやさは
法にかへつる命と思はん

そうでなくても、いつまでも生きられるわけではあるまい。さあそれならば、法に代えた命と思おう。

詳細を見る

新古今和歌集 - 寂蓮

深き夜の窓打つ雨に音せぬは
憂き世をのきのしのぶなりけり

夜更けに窓を打つ雨の中で音を立てないのは、憂き世を退いて軒に生える忍ぶ草が、じっと耐え忍んでいるのであった。

詳細を見る

新古今和歌集 - 慈円

いにしへの鹿鳴く野辺の庵にも
心の月は曇らざりけん

昔、鹿の鳴く野辺の庵にいたときにも、その心の月は曇っていなかったのだろう。

詳細を見る

新古今和歌集 - 寂然

道のべの蛍ばかりをしるべにて
ひとりぞ出づる夕闇の空

道端の蛍の光だけを道しるべにして、ひとりで出てゆく夕闇の空よ。

詳細を見る

新古今和歌集 - 寂然

雲晴れて空しき空にすみながら
憂き世の中をめぐる月かな

雲が晴れて何もない空に澄みわたり住みながら、憂き世の中をめぐってゆく月であることよ。

詳細を見る