金葉和歌集
毎朝見る鏡に映る姿に見慣れてしまって、雪見に行こうとも急ぐ気にならないことだ。
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金葉和歌集 - 源師時
小野山では、炭竈から立ち上る煙までもが、雪を降らせそうな雲に見えることだ。
金葉和歌集 - 隆源
都でさえこのように雪が降ったのだから、信楽の真木の杣山は、人の通った跡も絶えてしまっているだろう。
金葉和歌集 - 京極関白家肥後
道も見えないほどに積もった雪に人の跡が絶えて、古里はどんなにさびしいことだろうか。
空一面を暗くして雨の降る夜は、どうであろうか。月の夜も雪の夜も、甲斐のないことであった。
榊葉を手に立ち舞う袖の起こす追い風に、なびかない神はいないだろうと思う。
神域を囲む垣のある御室の山に霜が降りると、木綿四手を掛けていない榊葉はひとつもないことだ。
綱でつないでいないのに、高瀬舟は流れていくこともない。張りつめた氷が解けないうちは。
波を枕にして、どのように浮き寝の場所を定めているのだろうか。氷が増していく益田の池の鴛鳥は。
金葉和歌集 - 藤原顕季
寒々とした狭いむしろの上で思いやることだ。笹の葉に霜が冷え冷えと置く霜夜の、鴛鳥の独り寝を。
なんとなく年が暮れていくのは惜しいけれども、花に縁のある季節なので、春を待つことだ。
人知れず暮れていく年を惜しんでいるうちに、春を嫌う者だという評判がきっと立ってしまうだろう。
数えてみると残りの命も少ない身であるので、ひどく惜しく思われる年の暮であることだ。
どうしたらよいだろう。暮れていく年を道案内として、我が身を尋ね当てながら、老いはやって来てしまったことだ。
年が暮れた、とだけ聞き流していただろうに。年が我が身の上に積もらなかったならば。
金葉和歌集 - 源国信
何を待つというわけでもなく日々を明かし暮らして、今年も今日という最後の日になってしまったことだ。