古典和歌stream

金葉和歌集

千代経れど面変はりせぬ河竹は
流れての世のためしなりけり

千年を経ても姿の変わらない河竹は、後の世まで流れ続く御代の手本であることだ。

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金葉和歌集

万代はまかせたるべし石清水
長き流れを君によそへて

万代の久しさは石清水にゆだねておけばよい。石清水の長い流れを君の御代になぞらえて。

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金葉和歌集

水の面に松の下枝のひちぬれば
千歳は池のこころなりけり

水面に松の下枝が浸っているので、松の千年の齢は池の中ほどに宿り、池の心のままであることだ。

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金葉和歌集

九重に久しく匂へ八重桜
のどけき春の風と知らずや

宮中で久しく美しく咲き匂え、八重桜よ。今吹くのは、のどかな春の風だと知らないのか。

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金葉和歌集

万代とさしてもいはじ桜花
かざさむ春し限りなければ

万代までと限って言うことはするまい。桜の花を髪に挿して祝う春は、限りなく続くのだから。

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金葉和歌集

おのづから我が身さへこそ祝はるれ
誰か千代にもあはまほしさに

おのずと我が身までも祝わずにはいられない。誰が千代の御代にめぐり会いたいと思わないだろうか、その会いたさのために。

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金葉和歌集 - 源俊頼

君が代は松の上葉に置く露の
積もりて四方の海となるまで

君の御代は続いてほしい。松の梢の葉に置く露が積もり積もって、四方の海となるまで。

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金葉和歌集 - 源経信

君が代のほどをば知らで住吉の
松を久しと思ひけるかな

君の御代の長さを知らないで、住吉の松を久しいものと思っていたことだ。

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金葉和歌集

君が代はすゑの松山はるばると
越す白波の数も知られず

君の御代は末遠く続き、はるばると末の松山を越えていく白波の数のように、数え知ることもできない。

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金葉和歌集

池水の底さへ匂ふ花桜
見るとも飽かじ千代の春まで

池の水の底までも照り映えている桜の花は、いくら見ても見飽きることはないだろう。千代の春まで。

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金葉和歌集

音高き鼓の山のうちはへて
楽しき御代となるぞうれしき

音高く打つ鼓の名を持つ鼓の山のように、ずっと長く続いて、楽しい御代となるのがうれしいことだ。

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金葉和歌集

曇りなき豊の明かりにあふみなる
朝日の里は光さしそふ

曇りのない豊明の節会に逢う、近江の国の朝日の里は、いっそう光が差し加わることだ。

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金葉和歌集

松風のをことの里に通ふにぞ
治まれる世の声は聞こゆる

松風がをことの里に吹き通うのにつけて、よく治まった世の声が聞こえてくることだ。

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金葉和歌集

調物運ぶよほろを数ふれば
にまの里人数添ひにけり

貢ぎ物を運ぶ人夫を数えてみると、にまの里の人々は数が増えたことだ。

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金葉和歌集

苗代の水はいなゐにまかせたり
民安げなる君が御代かな

苗代の水は、いなゐから引き入れて任せてある。民が安らかに暮らしている君の御代であることだ。

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金葉和歌集 - 京極関白家肥後

いつとなく風吹く空に立つ塵の
数も知られぬ君が御代かな

いつということもなく風の吹く空に舞い立つ塵のように、その数を知ることもできないほど長く続く君の御代であることだ。

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