- 表題
- -
- 千載和歌集
千載和歌集 - 具平親王
春来れば散りにし花も咲きにけり
あはれ別れのかからましかば
春が来ると、散ってしまった花もまた咲いたことだ。ああ、人との別れもこのように、また巡り会えるものであったならよいのに。
千載和歌集 - 藤原公任
行き帰り春やあはれと思ふらん
契りし人の又も逢はねば
去ってはまた巡ってくる春も、しみじみと悲しいと思っているだろうか。次こそはと約束した人が、二度と会いには来ないのだから。
千載和歌集 - 藤原範永
植ゑ置きし人の形見と見ぬだにも
宿の桜を誰か惜しまぬ
植えておいた人の形見と思って見るのでなくてさえ、この家の桜を惜しまない者がいるだろうか。まして形見と思えば、なおさら惜しまれる。
千載和歌集 - 和泉式部
惜しきかな形見に着たる藤衣
ただこの頃に朽ち果てぬべし
惜しいことだ。亡き方の形見として着ているこの喪服の藤衣は、涙に濡れて、ほんのこの頃のうちに朽ち果ててしまうにちがいない。
千載和歌集 - 藤原道信
くちなしの園にや我が身入りにけん
思ふことをも言はでやみぬる
口無しという名をもつ梔子の園に、私の身は入ってしまったのだろうか。心に思っていることも口に出して言わないまま、終わってしまうことだ。
千載和歌集 - 花山院
現とも夢ともえこそ分きはてね
いづれの時をいづれとかせん
この世のことは、現実とも夢とも、すっかり見分けることなどできない。どの時を現実とし、どの時を夢とすればよいのだろうか。
千載和歌集 - 道命
後れじと思へど死なぬ我が身かな
ひとりや知らぬ道を行くらん
後に残されまいと思うけれど、死ぬこともできない我が身であることだ。あの人は、たったひとりで知らない死出の道を行っているのだろうか。
千載和歌集 - 江侍従
玉貫きしあやめの草はありながら
よどのは荒れん物とやは見し
玉を貫いて飾った菖蒲草は今もそのまま残っているのに、主の御寝所がこのように荒れてしまうものと、思ってみたことがあっただろうか、思いもしなかった。
千載和歌集 - 藤原賢子
悲しさをかつは思ひも慰めよ
誰もつひには止まるべきかは
悲しさを、一方ではご自分で思い慰めなさい。誰も最後までこの世にとどまっていられるものだろうか、誰もがいつかは去ってゆくのだ。