古典和歌stream

新古今和歌集 - 藤原良経

濡れて干す玉串の葉の露霜に
天照る光幾代経ぬらん

露や霜に濡れては乾く玉串の葉に、天に照り輝く日の光が注いで、幾代を経てきたのだろう。

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新古今和歌集 - 藤原俊成

君が代は千代ともささじ天の戸や
出づる月日の限りなければ

君の御代は千代と限りはしない。天の戸を出る月日には限りがないのだから。

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新古今和歌集 - 藤原定家

我が道を守らば君を守るらん
齢は譲れ住吉の松

住吉の神が私の歌の道を守るのならば、君をも守るだろう。住吉の松よ、その齢を君に譲れ。

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新古今和歌集 - 寂蓮

高砂の松も昔になりぬべし
なほ行く末は秋の夜の月

長寿の高砂の松も、やがては昔のものとなってしまうだろう。それでもなお行く末まで友であるのは、秋の夜の月である。

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新古今和歌集 - 源家長

藻塩草かくとも尽きじ君が代の
数によみ置くわかの浦波

藻塩草を掻き集めるように、どれほど書き集めても尽きることはあるまい。君の御代の数として詠み置く、和歌の浦の波のように寄せる歌は。

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新古今和歌集 - 藤原隆房

嬉しさや片敷く袖に包むらん
今日待ち得たる宇治の橋姫

うれしさを、独り寝に片敷く袖に包んでいるのだろうか。今日ついに待ち迎えた宇治の橋姫は。

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新古今和歌集 - 藤原清輔

年経たる宇治の橋守こと問はん
幾代になりぬ水の水上

年を経た宇治の橋守に尋ねよう。幾代になったのか、この川の水の水上は。

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新古今和歌集 - 藤原清輔

七十にみつの浜松老いぬれど
千代の残りはなほぞはるけき

七十歳に満ちて、三津の浜松のように老いてしまったけれども、千代に至るまでの残りは、なおはるかに遠い。

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新古今和歌集 - 藤原実定

八百日行く浜の真砂を君が代の
数に取らなん沖つ島守

歩いて八百日もかかるほど長い浜の細かな砂を、君の御代の年の数として数え取ってほしい。沖の島の番人よ。

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新古今和歌集 - 藤原良経

春日山都の南しかぞ思ふ
北の藤波春にあへとは

都の南にある春日山は、そのように思っている。北の藤の花房が、春にめぐりあえ、と。

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新古今和歌集 - よみ人しらず

常磐なる吉備の中山おしなべて
千歳をまつの深き色かな

常緑で変わらない吉備の中山は、一面に、千年を待つ松の深い緑の色であることだ。

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新古今和歌集 - 大中臣輔親

あかねさす朝日の里の日蔭草
豊の明かりのかざしなるべし

朝日の里に生える日蔭草は、豊明の節会のかざしとなるにちがいない。

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新古今和歌集 - 藤原資業

すべらぎを常磐堅磐にもる山の
山人ならし山かづらせり

天皇を岩のように永久に変わらず守るという守山の山人であるらしい。山かずらを付けている。

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新古今和歌集 - 大江匡房

鳥屋帰るたかの尾山の玉椿
霜をば経とも色は変はらじ

鳥屋にこもって羽を替える鷹、その名をもつたかの尾山の玉椿は、霜を経ても色は変わらないだろう。

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新古今和歌集 - 藤原永範

曇りなき鏡の山の月を見て
明らけき代を空に知るかな

曇りのない鏡山の月を見て、明るく治まる御代であることを、空の月によって知ることだ。

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新古今和歌集 - 藤原範兼

大江山越えていくのの末遠み
道ある世にもあひにけるかな

大江山を越えて行く生野の道は、行く末が遠く続くので、その道のように、正しい道の行われる世にもめぐりあったことだなあ。

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