古典和歌stream

新古今和歌集 - 藤原俊成

近江のや坂田の稲を掛け積みて
道ある御代の初めにぞ舂く

近江の坂田の稲を稲掛けに掛け積んで、正しい道の行われる御代の初めに、その稲を舂くことだ。

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新古今和歌集 - 藤原兼光

神世より今日のためとや八束穂に
長田の稲のしなひ初めけん

神代の昔から今日のためであったのだろうか、長田の稲は、長く豊かな穂にしなやかにたわみ始めたのだろう。

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新古今和歌集 - 藤原光範

立ち寄れば涼しかりけり水鳥の
青羽の山の松の夕風

立ち寄ってみると涼しいことだ。青羽の山の松に吹く夕風は。

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新古今和歌集 - 藤原資実

常磐なる松井の水をむすぶ手の
雫ごとにぞ千代は見えける

常緑で変わらない松井の水を両手ですくう、その手からしたたる雫の一つ一つに、千代が見えることだ。

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新古今和歌集 - 遍昭

末の露本の雫や世の中の
後れ先立つためしなるらん

葉末に置く露と根元に落ちる雫は、遅い早いの違いはあっても消えてゆく。それは世の中で、人に後れて残る者と先立ってゆく者とがあることの、ためしなのであろうか。

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新古今和歌集 - 小野小町

あはれなり我が身の果てや浅緑
つひには野辺の霞と思へば

哀れなことだ、わが身の最期は。ついには、薄緑にたなびく野辺の霞となってしまうのだと思うと。

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新古今和歌集 - 藤原兼輔

桜散る春の末にはなりにけり
雨間も知らぬながめせし間に

桜の散る春の終わりになってしまったことだ。晴れ間もなく降り続く長雨のなかで、物思いにふけっているうちに。

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新古今和歌集 - 藤原実方

墨染のころも憂き世の花盛り
折忘れても折りてけるかな

墨染の衣を着ている喪の頃も、このつらい世は花の盛りである。喪中という時節を忘れて、花の枝を折ってしまったことだ。

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新古今和歌集 - 藤原道信

飽かざりし花をや春も恋ひつらん
ありし昔を思ひ出でつつ

見飽きることのなかった花を、春もまた恋しく思ったのであろうか。過ぎ去った昔を思い出しながら。

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新古今和歌集 - 成尋

花桜まだ盛りにて散りにけん
なげきのもとを思ひこそやれ

桜の花がまだ盛りのうちに散ってしまったのであろう。その嘆きの木のもとにいるあなたを、遠くから思いやることだ。

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新古今和歌集 - 大江嘉言

花見んと植ゑけん人もなき宿の
桜は去年の春ぞ咲かまし

花を見ようと植えたであろう人も、今はいない家の桜は、去年の春にこそ咲けばよかったのに。

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新古今和歌集 - 藤原顕輔

誰もみな花の都に散り果てて
ひとりしぐるる秋の山里

誰もみな、花の都へと散り散りに去ってしまって、私ひとりが時雨の降るなかで涙に暮れている、秋の山里である。

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新古今和歌集 - 藤原実定

花見てはいとど家路ぞ急がれぬ
待つらんと思ふ人しなければ

花を見ても、いっそう家路を急ぐ気にはなれない。家で待っているだろうと思う人もいないのだから。

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新古今和歌集 - 藤原良経

春霞かすみし空の名残さへ
今日を限りの別れなりけり

春霞がかすんでいた空の名残さえも、春の終わる今日を限りとする別れであったことだ。

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新古今和歌集 - 藤原惟方

立ち昇る煙をだにも見るべきに
霞にまがふ春の曙

せめて立ち昇る煙だけでも見届けるはずであるのに、それさえ霞にまぎれて見分けられない、春の曙である。

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新古今和歌集 - 藤原重家

形見とて見れば嘆きのふかみ草
何なかなかの匂ひなるらん

形見と思って見ると、嘆きが深まるばかりの深見草である。どうしてかえってつらさを増す、このような美しさなのであろうか。

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