古典和歌stream

千載和歌集 - 藤原詮子

あまた度ゆきあふさかの関水に
今は限りの影ぞ悲しき

何度も行き来しては通った逢坂の関の清水に、これが最後と映る我が姿が悲しい。

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千載和歌集 - 藤原公任

今はとて入りなん後ぞ思ほゆる
山路を深み訪ふ人もなし

もうこれまでと山に入ってしまった後のことが思いやられる。山路が深いので、訪ねてくる人もいない。

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千載和歌集 - 藤原公任

憂き世をば峰の霞や隔つらん
なほ山里は住みよかりけり

つらい世の中を、峰にかかる霞が隔てているのだろうか。やはり山里は住みよいところだ。

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千載和歌集 - 和泉式部

花咲かぬ谷の底にも住まなくに
深くも物を思ふ春かな

花も咲かない谷の底に住んでいるわけでもないのに、こんなにも深くもの思いに沈むこの春であることよ。

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千載和歌集 - 藤原道長

谷の戸を閉ぢやはてつる鶯の
待つに音せで春の暮れぬる

谷の戸をすっかり閉ざしてしまったのだろうか。鶯が、待っているのに声も立てないまま、春が暮れてしまった。

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千載和歌集 - 道命

かくてだになほあはれなる奥山に
君来ぬ夜々を思ひ知らなん

こうしてあなたがいてくれる時でさえ、やはりしみじみと寂しいこの奥山で、あなたの来ない夜々の寂しさを思い知ってほしい。

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千載和歌集 - 大江公資

年ごとに涙の川に浮かべども
身は投げられぬ物にぞありける

毎年、除目のたびに涙の川に身を浮かべるほど泣くけれども、それでもこの身は投げ捨てることのできないものであることだ。

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千載和歌集 - 源仲正

思ふことなくてや春を過ぐさまし
憂き世隔つる霞なりせば

思い悩むこともなく春を過ごせたことだろうか。もしこの霞が、つらい世を隔ててくれるものであったならば。

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千載和歌集 - 西行

散るを見て帰る心や桜花
昔に変はるしるしなるらん

花が散るのを見届けて、そのまま帰ってしまう心こそが、桜の花よ、昔とは変わった私のしるしなのだろうか。

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千載和歌集 - 西行

花に染む心のいかで残りけん
捨て果ててきと思ふ我が身に

花に深く染まる心が、どうして残っていたのだろうか。俗世への思いはすっかり捨て果ててしまったと思っている、この我が身に。

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千載和歌集 - 西行

仏には桜の花をたてまつれ
我が後の世を人とぶらはば

仏には桜の花をお供えしてくれ。私の死後の世を、人が弔ってくれるならば。

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千載和歌集 - 寂然

この春ぞ思ひは返す桜花
むなしき色に染めし心を

出家して迎えたこの春にこそ、思いを改めることだ、桜の花よ。むなしい色に染めてきた心を。

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千載和歌集 - 寂然

世の中を常なき物と思はずは
いかでか花の散るに堪へまし

もし世の中を無常なものと思っていなかったならば、どうして花が散るのに耐えられようか。

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千載和歌集 - よみ人しらず

かくばかり憂き世の末にいかにして
春は桜のなほ匂ふらん

これほどつらい世の末に、どうして春になると桜は今もなお美しく咲き匂っているのだろうか。

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千載和歌集 - 藤原俊成

古りにけり昔を知らば桜花
ちりの末をもあはれとは見よ

すっかり古びてしまったことだ。昔の栄えを知っているのなら、桜の花よ、散り果てた塵の中にあるこの末の者をも、哀れと思って見てくれ。

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千載和歌集 - 源定宗

山桜花を主と思はずは
人を待つべき柴の庵かは

山桜の花をこの庵の主と思わなかったならば、人の訪れを待つような柴の庵であろうか、いや、そうではない。

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