古典和歌stream

千載和歌集 - 源俊重

いかにせむ伊勢の浜荻みがくれて
思はぬ磯の波に朽ちなば

どうしたらよいだろう。伊勢の浜荻が水に隠れて、思いもかけない磯の波に朽ちてしまうように、望まぬ遠国に身を隠して朽ち果ててしまったならば。

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千載和歌集 - 源俊頼

真木の戸を深山おろしに叩かれて
訪ふにつけても濡るる袖かな

真木の戸を深山おろしの風に叩かれて、人が訪ねて来たのかと思うにつけても、涙に濡れる袖であることだ。

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千載和歌集 - 橘盛長

をやま国の庵に焚く火のありなしに
立つ煙もや雲となるらん

をやま国の庵で焚く火の、あるかないかのかすかな火から立つ煙も、空に昇って雲となるのだろうか。

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千載和歌集 - 二条太皇太后宮肥後

山里の柴をりをりに立つ煙
人まれなりと空に知るかな

山里で柴を折って焚く煙が、折々にしか立ちのぼらないので、人の住むのがまれであると、空を見てそれと知ることだ。

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千載和歌集 - 藤原基俊

秋果つる枯野の虫の声絶えば
ありやなしやを人の問へかし

秋の終わる枯れ野の虫の声が絶えたならば、私が生きているかいないかを、せめて人が尋ねてくれればよいのに。

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千載和歌集 - 藤原道信

この世にはすむべきほどやつきぬらん
世の常ならず物の悲しき

この世に住むことのできる時も、もう尽きてしまったのだろうか。澄んだ月を見ていると、いつになく、もの悲しいことだ。

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千載和歌集 - 和泉式部

命あらばいかさまにせん世を知らぬ
虫だに秋は鳴きにこそ鳴け

このまま生きながらえたならば、私はどうしたらよいのだろうか。世の中の憂さを知らない虫でさえ、秋にはひたすらに鳴いているというのに。

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千載和歌集 - 紫式部

数ならで心に身をばまかせねど
身に従ふは心なりけり

物の数にも入らない身なので、心のままに身を任せることはできないけれども、身の境遇に従ってしまうのは、かえって心のほうであったことだ。

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千載和歌集 - 藤原兼房

あはれとも誰かは我を思ひ出でむ
ある世にだにも訪ふ人もなし

私が亡くなった後、誰がかわいそうにと私を思い出してくれるだろうか。生きているこの世でさえ、訪ねてくれる人もいないのに。

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千載和歌集 - 藤原定頼

古里の板間の風に寝覚めして
谷の嵐を思ひこそやれ

あなたの去った古里の家の、板の隙間から吹き込む風に夜中に目を覚まして、谷に吹く嵐はどれほど激しいことかと思いやったことだ。

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千載和歌集 - 藤原公任

谷風の身にしむごとに古里の
このもとをこそ思ひやりつれ

谷風が身にしみるたびに、古里の木の下に残る子のもとを、私の方こそ思いやっていたのだ。

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千載和歌集 - 藤原道長

いにしへは思ひかけきや取りかはし
かく着んものと法の衣を

昔は思いもかけただろうか。こうして互いに取り交わして、ともに法の衣を着ることになろうとは。

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千載和歌集 - 藤原公任

同じ年契りしあれば君が着る
法の衣をたちおくれめや

同じ年に生まれる約束をした仲なのだから、あなたが着る法の衣に、私が裁ち遅れ、立ち遅れることなどあろうか。

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千載和歌集 - 弁乳母

昔見し松の梢はそれながら
むぐらの門をさしてけるかな

昔見た松の梢はそのまま変わらずにあるけれども、今は葎の生い茂る門を閉ざしてしまっていることだ。

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千載和歌集 - 輔仁親王

山里のかけひの水の凍れるは
音聞くよりも寂しかりけり

山里の筧の水が凍っているのは、その水の音を聞くよりもいっそう寂しいことだ。

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千載和歌集 - 聡子内親王

山里の寂しき宿の住みかにも
かけひの水の解くるをぞ待つ

山里の寂しい宿の住まいにあっても、筧の水の氷が解けて春が来るのを待っていることだ。

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