古典和歌stream

千載和歌集 - 藤原多子

このもとにかき集めたる言の葉を
別れし秋の形見とぞ見る

亡き父のもとで書き集められたこの言の葉を、木の下に掻き集めた木の葉のように、お別れしたあの秋の形見として見ることだ。

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千載和歌集 - 藤原実家

このもとはかく言の葉を見るたびに
頼みしかげのなきぞ悲しき

父のもとで書かれたこの言の葉をこうして見るたびに、頼りにしていた木陰のような父の庇護がもうないことが悲しい。

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千載和歌集 - 守覚法親王

跡絶えて世をのがるべき道なれや
岩さへ苔の衣着てけり

人の足跡も絶えて、世を逃れて入っていくべき道だからだろうか、岩までもが苔の衣を着て、僧の姿になっていることだ。

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千載和歌集 - 守覚法親王

思ひ出のあらば心もとまりなん
厭ひやすきは憂き世なりけり

もし心に残る思い出があるならば、心もこの世にとどまることだろう。厭いやすいのは、そうした思い出もないこの憂き世であったことだ。

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千載和歌集 - 覚忠

宿りする岩屋の床の苔むしろ
幾夜になりぬ寝こそ寝られね

宿をとる岩屋の床の、苔の筵よ。ここで過ごして幾夜になったことか。眠ろうにも眠ることができない。

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千載和歌集 - 藤原宗家

身のほどを知らずと人や思ふらん
かく憂きながら年を経ぬれば

身の程を知らない者だと、人は思っているだろうか。こんなにもつらいままでありながら、世を捨てもせずに年を過ごしてきたので。

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千載和歌集 - 藤原忠良

背かばや真の道は知らずとも
憂き世を厭ふしるしばかりに

世を背いて出家したいものだ。仏の真の道はわからないとしても、せめて憂き世を厭う証としてだけでも。

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千載和歌集 - 二条太皇太后宮別当

そま川に下すいかだのうきながら
過ぎゆく物は我が身なりけり

杣川に流し下す筏が水に浮いたまま流れ過ぎてゆくように、つらいままで年月とともに過ぎてゆくのは我が身であったことだ。

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千載和歌集 - 藤原定家

おのづからあればある世にながらへて
惜しむと人に見えぬべきかな

生きていればそれなりに過ぎてゆく世に、自然と長らえて、命を惜しんでいるのだと、人には見えてしまうに違いないことだ。

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千載和歌集 - 宜秋門院丹後

憂しとても厭ひも果てぬ世の中を
なかなか何に思ひ知りけん

つらいといっても、厭い捨てきることもできないこの世の中なのに、なまじどうしてそのつらさを思い知ってしまったのだろうか。

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千載和歌集 - 倫円

登るべき道にぞ惑ふ位山
これより奥のしるべなければ

登っていくべき道に迷っていることだ、位山で。ここから先の奥へと導いてくれる道案内がないので。

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千載和歌集 - 藤原長方

諸人の花咲く春をよそに見て
なほしぐるるはしひ柴の袖

人々がみな花咲く春を迎えて位を進めるのをよそに見ながら、今もなお時雨のように涙に濡れているのは、椎柴色の喪服をまとった私の袖である。

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千載和歌集 - 藤原顕方

憂き瀬にも嬉しき瀬にも先に立つ
涙は同じ涙なりけり

つらい折にも、うれしい折にも、真っ先にこぼれる涙は、どちらも同じ涙であったことだ。

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千載和歌集 - 藤原惟方

この瀬にも沈むと聞くは涙川
流れしよりもなほまさりけり

今度の赦免の折にも漏れて沈んだままだと聞いて流す涙の川は、流罪となって流された時よりも、なおいっそう水かさがまさったことだ。

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千載和歌集 - 空人

かくばかり憂き身なれども捨て果てむと
思ふになれば悲しかりけり

これほどつらい我が身ではあるけれども、いざすっかり捨ててしまおうと思うことになると、悲しいことだ。

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千載和歌集 - 平康頼

思ひきや志賀の浦波立ち返り
またあふみともならむものとは

思いもしなかった。志賀の浦の波が寄せ返すように都に立ち帰り、再びこの近江の神にお会いできる身になろうとは。

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