古典和歌stream

千載和歌集 - 登蓮

かくばかり憂き世の中を忍びても
待つべきことの末にあるかは

これほどつらい世の中を耐え忍んだとしても、この先に待つべき良いことがあるだろうか、いや、ありはしない。

詳細を見る

千載和歌集 - 覚禅

思ひかねあくがれ出でてゆく道は
あゆく草葉に露ぞこぼるる

思いに堪えかねて、心のままにさまよい出て行く道では、揺れ動く草葉に露がこぼれ落ちることだ。

詳細を見る

千載和歌集 - 永縁

夢とのみこの世のことの見ゆるかな
覚むべきほどはいつとなけれど

この世のことは、ただ夢とばかり見えることだ。その夢から覚めるべき時が、いつとも分からないけれども。

詳細を見る

千載和歌集 - 良暹

この世をば雲の林に門出して
煙とならん夕べをぞ待つ

この世からの旅立ちを、この雲林院で門出として、火葬の煙となって空に立ちのぼる夕べを待っていることだ。

詳細を見る

千載和歌集 - よみ人しらず

憂きことのまどろむほどは忘られて
覚むれば夢の心地こそすれ

つらいことが、うとうとと眠っている間は忘れられて、目が覚めると、かえってその現実のほうが夢であるかのような心地がすることだ。

詳細を見る

千載和歌集 - 紫式部

いづくとも身をやる方の知られねば
憂しと見つつもながらふるかな

どこへとも、この身を送り出してゆく先がわからないので、この世をつらいと見ながらも、生きながらえていることだ。

詳細を見る

千載和歌集 - 藤原俊成

憂き夢は名残までこそ悲しけれ
此の世の後もなほや嘆かん

つらい夢は、覚めた後の名残までもが悲しいものだ。この世の生を終えた後も、私はなおこの世のつらさを嘆き続けるのだろうか。

詳細を見る

千載和歌集 - 藤原季通

現をも現といかが定むべき
夢にも夢を見ずはこそあらめ

現実を現実だと、どうして決めることができようか。夢の中でさらに夢を見るということがないのならば、それもよかろうが。

詳細を見る

千載和歌集 - 藤原季通

厭ひてもなほ忍ばるる我が身かな
二たび来べき此の世ならねば

この世を厭いながらも、やはりいとおしく思われる我が身であることだ。二度と生まれて来ることのできるこの世ではないのだから。

詳細を見る

千載和歌集 - 上西門院兵衛

これや夢いづれか現はかなさを
思ひわかでも過ぎぬべきかな

これが夢なのか、どちらが現実なのか。そのはかなさを見分けることもできないまま、一生を過ごしてしまうに違いないことだ。

詳細を見る

千載和歌集 - 花園左大臣家小大進

明日知らぬ三室の岸の根なし草
何あだし世に生ひ始めけん

明日をも知れない、三室の岸の根なし草。そのような私が、どうしてこのはかない世に生まれ出てしまったのだろうか。

詳細を見る

千載和歌集 - 藤原成通

惜しからぬ命ぞさらに惜しまるる
君が都に帰り来るまで

惜しくもない我が命が、今はいっそう惜しまれることだ。あなたが都に帰って来るまでは。

詳細を見る

千載和歌集 - 覚忠

憂き世をば捨てて入りにし山なれど
君が問ふにや出でんとすらん

憂き世を捨てて入った山ではあるけれども、あなたが便りをくださったので、この山を出ようとすることになるのだろうか。

詳細を見る

千載和歌集 - 守覚法親王

岩そそく水よりほかに音せねば
心ひとつを澄ましてぞ聞く

岩に降りそそぐ水の音のほかには何の音もしないので、ただ心ひとつを澄ませて、その音を聞いていることだ。

詳細を見る

千載和歌集 - 藤原実国

誰もみな露の身ぞかしと思ふにも
心とまりし草の庵かな

誰もがみな露のようにはかない身なのだと思うにつけても、私の心が引きとめられた、あの草の庵であることだ。

詳細を見る

千載和歌集 - 藤原公衡

なほざりに帰る袂は変はらねど
心ばかりぞ墨染の袖

かりそめに訪れて帰っていく私の袂は、俗人のままで変わらないけれども、心だけは墨染の衣の袖をまとった僧になっていることだ。

詳細を見る