古典和歌stream

後撰和歌集 - 蝉丸

これやこの行くも帰るも別れつつ
知るも知らぬもあふさかの関

これがあの、都から出て行く人も帰ってくる人もここで別れては、知っている人も知らない人もここで出会うという逢坂の関なのだなあ。

詳細を見る

後撰和歌集 - 小野小町

海人の住む浦漕ぐ舟の梶をなみ
世をうみ渡る我ぞ悲しき

漁師の住む浦を漕ぐ舟に梶がないように、頼りとするものもなく、この世をつらく思いながら渡っていく私の身が悲しいことだ。

詳細を見る

後撰和歌集 - よみ人しらず

浜千鳥かひなかりけりつれもなき
人のあたりはなきわたれども

浜千鳥が貝のない浜で鳴くように、甲斐のないことだった。薄情な人のあたりを、泣きながら行き来しても。

詳細を見る

後撰和歌集 - 素性法師

この御幸千歳かへても見てしかな
かかる山伏時に逢ふべく

この御幸を、千年を繰り返してでも見ていたいものだ。このような山伏の私が、またとない時に巡り合えるように。

詳細を見る

後撰和歌集 - 素性法師

音に聞く松が浦島今日ぞ見る
むべも心あるあまは住みけり

噂に聞いていた松が浦島を、今日こそ見ることだ。なるほど、情趣を解する海人、いや尼が住んでいたのだなあ。

詳細を見る

後撰和歌集 - 右衛門

我のみは立ちも帰らぬ暁に
わきても置ける袖の露かな

私だけは出かけもせず帰ってくることもない暁なのに、とりわけ私の袖に置いている露であることよ。

詳細を見る

後撰和歌集 - たたみ

塩といへばなくてもからき世の中に
いかであへたるたたみなるらん

塩といえば、それがなくてさえ辛いこの世の中で、どうして和えてあるたたみなどあるのだろうか。

詳細を見る

後撰和歌集 - 藤原元輔

住吉のきしとも言はじ沖つ浪
なほうちかけようらはなくとも

住吉の岸だとも、着たとも言うまい。沖の波よ、それでもやはり打ちかけてくれ。浦はなくとも、裏はなくとも。

詳細を見る

後撰和歌集 - 藤原温子

言の葉に絶えせぬ露は置くらむや
昔おぼゆるまとゐしたれば

言葉の葉に、絶えることのない涙の露は置いているだろうか。昔を思い出させる団らんをしているので。

詳細を見る

後撰和歌集 - 伊勢

海とのみまとゐの中はなりぬめり
そながらあらぬ影の見ゆれば

団らんの中は、ただ涙の海となってしまったようだ。昔のままでありながら、昔とは違うお姿が見えるので。

詳細を見る

後撰和歌集 - 大伴黒主

何せんにへたのみるめを思ひけん
沖つ玉藻をかづく身にして

どうして浜辺の海松布、つまり身近なみるのことなどを思っていたのだろう。沖の美しい藻を潜って採る、褒美をいただく身でありながら。

詳細を見る

後撰和歌集 - 凡河内躬恒

昼なれや見ぞまがへつる月影を
今日とや言はむ昨日とや言はん

昼なのだろうか、と見間違えてしまった。この明るい月の光の夜を、今日と言おうか、昨日と言おうか。

詳細を見る

後撰和歌集 - 藤原滋包女

くやしくぞ天つ乙女となりにける
雲路尋ぬる人もなき世に

悔しいことに、天の乙女となってしまったことだ。雲の通い路を尋ねて来てくれる人もいない世なのに。

詳細を見る

後撰和歌集 - 藤原兼輔

人の親の心は闇にあらねども
子を思ふ道にまどひぬるかな

親の心は闇というわけではないけれども、子を思う道には迷ってしまうものだなあ。

詳細を見る

後撰和歌集 - 大江玉淵女

難波潟何にもあらずみをつくし
深き心のしるしばかりぞ

難波潟の澪標のように、この贈り物は何ほどのものでもない。身を尽くすほどの深い心のしるしだけなのだ。

詳細を見る

後撰和歌集 - 中務

開けてだに何にかは見む水の江の
浦島の子を思ひやりつつ

開けてみたところで、何になろうか。水の江の浦島の子のことを思いやりながら。

詳細を見る