古典和歌stream

千載和歌集 - 藤原基俊

笛竹のあなあさましのよの中や
ありしやふしの限りなるらん

ああ、なんとあきれるほどの二人の仲であることか。かつて共に臥したあの時が、最後となるのだろうか。

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千載和歌集 - 源俊頼

慕ひ来る恋の奴の旅にても
身の癖なれや夕轟きは

慕ってどこまでもついて来る恋という下男のせいで、旅先にあってもなお、身にしみついた癖なのだろうか、夕暮れになると胸が騒ぐのは。

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千載和歌集 - 待賢門院堀河

逢ふことのなげきの積もる苦しさを
負へかし人のこりはつるまで

逢うことのかなわない嘆きが積もってゆく苦しさを、あの人が背負ってみればよい。すっかり懲りてしまうまで。

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千載和歌集 - 良喜

人の足をつむにて知りぬわが方へ
ふみおこせよと思ふなるべし

人の足をつまむことになって分かった。わたしの方へ「ふみ」をよこせと、思っているのだろう。

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千載和歌集 - 空人

恐ろしや木曽の懸路の丸木橋
ふみ見るたびに落ちぬべきかな

恐ろしいことだ。木曽の懸け路の丸木橋は、踏んでみるたびに落ちてしまいそうだ。あなたの文を見るたびに、わたしも恋に落ちてしまいそうだ。

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千載和歌集 - 心覚

笛竹のこちくと何に思ひけん
隣におとはせしにぞありける

笛竹の胡竹ではないが、こちらへ来るのだと、どうして思ったのだろう。笛の音は、実は隣でさせていたのであった。

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千載和歌集 - 道因

八橋のわたりに今日も泊まるかな
ここに住むべき身かはと思へど

八橋のあたりに、今日も泊まることだ。ここに住みつくような身であろうか、いやそうではないと思うけれど。

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千載和歌集 - 安性

つらしとてさてはよもわれやまがらす
頭は白くなる世なりとも

つれないからといって、それでわたしが思いをやめることなど、まさかあるまい。山烏の頭が白くなるような、ありえない世になろうとも。

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千載和歌集 - 源俊頼

上に置ける文字はまことの文字なれば
歌もよみぢを助けざらめや

歌の頭に置いた文字は、仏の真実の言葉の文字であるから、戯れに詠んだ歌も、詠む道とともに黄泉路を助けないことがあろうか、きっと助けるだろう。

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千載和歌集 - 赤染衛門

今日もまた午の貝こそ吹きつなれ
ひつじの歩み近づきぬらん

今日もまた、午の刻を告げる法螺貝を吹いたようだ。次の未の刻が近づき、屠所へ引かれる羊の歩みのように、わが命の終わりも近づいたのだろう。

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千載和歌集 - 空也

極楽ははるけきほどと聞きしかど
つとめて至る所なりけり

極楽ははるか遠い所と聞いていたけれど、勤め励めば、早朝のうちにも行き着ける所であったのだなあ。

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千載和歌集 - 藤原公任

ここに消えかしこに結ぶ水の泡の
うき世にめぐる身にこそありけれ

ここで消えては、あちらで結ぶ水の泡のように、つらく浮いた世の中をめぐり続けるわが身であることだ。

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千載和歌集 - 藤原公任

定めなき身は浮雲によそへつつ
果てはそれにぞなりはてぬべき

定めのないこの身を、浮雲になぞらえ続けてきたが、最後にはその雲そのものになり果ててしまうにちがいない。

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千載和歌集 - 花山院

世の中はみな仏なりおしなべて
いづれのものと分くぞはかなき

世の中のものはみな仏なのだ。総じて、これはどれ、あれはどれと区別するのは、むなしいことだ。

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千載和歌集 - 源信

大空の雨は分きてもそそがねど
潤ふ草木はおのがしなじな

大空から降る雨は、草木を区別して注ぐわけではないが、潤う草木は、それぞれの性質に応じてさまざまである。

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千載和歌集 - 清少納言

求めてもかかる蓮の露をおきて
憂き世にまたは帰るものかは

求めてでも得たいこのような蓮の露をさしおいて、つらい世の中にまた帰るものだろうか、帰りはしない。

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