古典和歌stream

山家集 - 西行

なほざりに焼き捨てし野の早蕨は
折る人なくてほどろとやなる

いいかげんに焼き捨てた野の早蕨は、折り取る人もいないまま、伸びほうけた蕨になってしまうのだろうか。

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山家集 - 西行

沼水に茂る真菰のわかれぬを
咲き隔てたる杜若かな

沼の水に茂る真菰が一面に続いて見分けもつかないところを、咲いて隔てを作っている杜若であることよ。

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山家集 - 西行

岩伝ひ折らで躑躅を手にぞ取る
嶮しき山の取りどころには

岩を伝いながら、躑躅を折り取るのではなく手につかむ。険しい山道でつかまる所として。

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山家集 - 西行

躑躅咲く山の岩陰夕映えて
をぐらはよその名のみなりけり

躑躅の咲く山の岩陰は夕日に照り映えて明るく、小暗いという名の小倉山も、よその山の名にすぎないのだった。

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山家集 - 西行

岸近み植ゑけん人ぞ恨めしき
波に折らるる山吹の花

こんなに岸に近いところに植えたであろう人が恨めしい。波に折られてしまう山吹の花よ。

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山家集 - 西行

山吹の花咲く里になりぬれば
ここにも井手と思ほゆるかな

山吹の花の咲く里になったので、ここもまた井手の里かと思われることだ。

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山家集 - 西行

真菅生ふる山田に水をまかすれば
嬉し顔にも鳴く蛙かな

菅の生える山の田に水を引き入れると、いかにもうれしそうに鳴く蛙であることよ。

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山家集 - 西行

水錆ゐて月も宿らぬ濁り江に
我すまんとて蛙鳴くなり

水錆が浮いて月の光も映らない濁った入り江に、自分が住もう、この水を澄ませようと言って、蛙が鳴いているようだ。

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山家集 - 西行

うれしとも思ひぞわかぬほととぎす
春聞くことのならひなければ

うれしいとも、はっきり思い分けることができない、ほととぎすの声は。春に聞くことなど、ならいではないのだから。

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山家集 - 西行

過ぐる春潮のみつより船出して
波の花をや先に立つらん

過ぎ去っていく春は、潮の満ちる三津の浦から船出して、波の花を先に立てて行くのだろうか。

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山家集 - 西行

春ゆゑにせめても物を思へとや
三十日にだにも足らで暮れぬる

春のために、せめて物思いでもせよというのだろうか。三月は三十日にさえ足りないまま暮れてしまった。

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山家集 - 西行

今日のみと思へば長き春の日も
ほどなく暮るる心地こそすれ

春は今日限りと思うと、長いはずの春の日も、すぐに暮れてしまうような気持ちがする。

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山家集 - 西行

行く春をとどめかねぬる夕暮は
曙よりもあはれなりけり

過ぎ去っていく春を引きとめることのできない夕暮れは、春の曙よりもいっそう、しみじみと心にしみるものであった。

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山家集 - 西行

限りあれば衣ばかりは脱ぎかへて
心は春を慕ふなりけり

季節には限りがあるので、衣だけは夏のものに脱ぎ替えたけれども、心はなお過ぎ去った春を慕っているのだった。

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山家集 - 西行

草しげる道刈りあけて山里は
花見し人の心をぞ知る

草の生い茂った道を刈り開けてみて、山里では、春に花を見に来た人の心がよくわかることだ。

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山家集 - 西行

竜田川岸の籬を見渡せば
井堰の波にまがふ卯の花

竜田川の岸に結われた垣根を見渡すと、井堰に立つ白波と見まがうばかりに卯の花が咲いている。

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