山家集 - 西行
わずかに蕾がふくらんだと花のことを思うそのときから、もう心は花のことでいっぱいになってしまうのだろう。
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気がかりなことだ。谷の桜はどうなっているだろう。峰にはまだ、花と見まがう白雲はかかっていないが。
花が咲いたと聞くのは、誰でもそのようにうれしいものだが、それにしても、思いを静めることのできない私の心であることよ。
初花が開きはじめた梢から、風がたわむれるようにまつわりながら吹き渡っていくのであった。
気がかりなことだ。花のことになると、心はただ春にばかり向かってしまう。いったいどの年から、こうして浮かれはじめたのだろう。
さあ、今年は「散れ」と桜に言い聞かせてみよう。そうすれば、かえって風のほうが花を惜しんで散らさないかと思って。
風が吹いても枝を離れて落ちることのないように、花を枝に綴じつけておくれ、青柳の糸よ。
吹く風は、どの梢にも分け隔てなく吹き当たることだなあ。これほど人が惜しんでいる桜にまでも。
どうしてこのように、はかない春の花の色を、よりによって心に深く染めはじめたのだろう。
同じこの身が、毎年代わり映えもなく惜しむからだろうか。花もまた変わることなく、咲けばすぐに散るのだろう。
峰で散る花は、吹き下ろされて谷にある木に咲く。だから、春の山風をひどく嫌うことはすまい。
山おろしの風に乱れて花が散っていたのを、岩から離れて落ちる滝と見たのであった。
花も散り、花見の人々も都へ帰ってしまったなら、山はさびしくなろうとしているのだろうか。
青葉までも、見ると心が引きとめられることだ。散ってしまった花の名残を思うと。
人の訪れも絶えて浅茅が生い茂っている庭に、いったい誰が分け入って、菫を摘むのだろうか。
誰だろうか、荒れた田の畔で菫を摘んでいる人は。その人は、菫を思う心がどうしようもなく深いにちがいない。