古典和歌stream

山家集 - 西行

郭公思ひも分かぬ一声を
聞きつといかが人に語らん

ほととぎすの、聞いたとも聞かなかったとも判断のつかないほどのたった一声を、聞いたなどとどうして人に語れようか。

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山家集 - 西行

ほととぎすいかばかりなる契りにて
心尽くさで人の聞くらん

ほととぎすの声を、どれほどの深い縁があって、あの人は心を尽くして待つこともなく聞いているのだろうか。

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山家集 - 西行

語らひしその夜の声はほととぎす
いかなる世にも忘れんものか

親しく語りかけてくれたあの夜の声は、ほととぎすよ、どのような世になっても忘れることがあろうか、いや決して忘れはしない。

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山家集 - 西行

ほととぎす花橘は匂ふとも
身をうの花の垣根忘れな

ほととぎすよ、花橘がどれほど香り高く咲いていても、つらい身の上の私が住む、卯の花の垣根を忘れないでおくれ。

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山家集 - 西行

郭公しのぶ卯月も過ぎにしを
猶声惜しむ五月雨の空

ほととぎすが忍び音に鳴く卯月も過ぎてしまったのに、なおも声を惜しんで鳴かない、五月雨の降る空であることよ。

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山家集 - 西行

五月雨の晴れ間も見えぬ雲路より
山ほととぎす鳴きて過ぐなり

五月雨が降り続いて晴れ間も見えない雲の中の道を通って、山ほととぎすが鳴きながら過ぎて行くようだ。

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山家集 - 西行

郭公聞くにとてしも籠らねど
初瀬の山はたよりありけり

ほととぎすを聞くためにと思って籠もったわけではないが、初瀬の山はほととぎすを聞くのに好都合な所であったのだ。

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山家集 - 西行

ほととぎす名残あらせて帰りしが
聞き捨つるにもなりにけるかな

ほととぎすの声に名残を残しておこうと思って帰ったのだが、それがかえって聞き捨てたことにもなってしまったのだなあ。

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山家集 - 西行

空晴れて沼の水嵩を落とさずは
あやめも葺かぬ五月なるべし

空が晴れて沼の水かさが減らないのなら、菖蒲を刈って軒に葺くこともできない五月になるにちがいない。

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山家集 - 西行

桜散る宿を飾れるあやめをば
花菖蒲とや言ふべかるらん

桜の花が散りかかる僧坊を飾っている菖蒲を、花菖蒲とでも言うべきなのだろうか。

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山家集

散る花を今日のあやめの根にかけて
薬玉ともや言ふべかるらん

散る桜の花を、今日の節句の菖蒲の根に掛けたのだから、これはむしろ薬玉とでも言うべきなのだろうか。

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山家集 - 西行

折にあひて人に我が身や引かれまし
筑摩の沼のあやめなりせば

もし私が筑摩の沼の菖蒲であったならば、ちょうどよい節句の折に出会って、人に引かれもしただろうか。

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山家集 - 西行

西にのみ心ぞかかるあやめ草
この世ばかりの宿と思へば

私の心はただ西方浄土にばかり掛かっている。菖蒲を葺くこの住まいも、この世だけの仮の宿にすぎないと思うので。

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山家集 - 西行

みな人の心のうきはあやめ草
西に思ひの引かぬなりけり

世の人々の心がつらく憂いものであるのは、菖蒲を泥の中から引くように、西方浄土へと思いが引かれていかないからなのであった。

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山家集 - 西行

水湛ふ岩間の真菰刈りかねて
空手に過ぐる五月雨の頃

水が満ちあふれた岩の間の真菰を刈ることもできず、手ぶらのまま過ぎていく五月雨の頃であることよ。

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山家集 - 西行

五月雨に水まさるらし宇治橋や
蜘蛛手にかかる波の白糸

五月雨で水かさが増しているらしい。宇治橋よ、その橋脚の蜘蛛手に、白糸のような波がかかっている。

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