蜻蛉日記 - 藤原道綱母
時鳥が、また訪ねようとも言い交わさずに帰る、その山路は木暗かったことでしょう。
詳細を見る
蜻蛉日記
訪ねる声はいつと定まらないけれど、時鳥は、明けてしまって悔しい思いをすることです。
どうしよう。池の水波が騒ぎ立てて、心のうちの松に、待つ心にかかるとしたら。
蜘蛛の糸は、どこからともなく吹く風に、こうして幾筋にも分かれてしまうらしい。
今さら、どんな駒が懐いてくれようか。見向きもされない草だとして、逃れることもできない我が身を。
白妙の衣は神にお譲りしよう。隔てのない仲に、返してくださるように。
唐衣の、着馴れた褄を打ち返して、我が下前にする手だてがあればよいのに。
夏衣を裁つのだと見ることだ。千早ふる神をひとえに頼む身であるから。
蜻蛉日記 - 藤原道綱
絶えず流れてゆく我が中川の水嵩がまさって、遠方にいる人が恋しいことだ。
逢わない瀬を恋しいと思うのなら、思い合う者どうしが行き来する中川に、私を住まわせてください。
嘆きながら夜を明かし日を暮らしていると、郭公が、この卯の花の陰で鳴き続けている。
陰でどうして鳴くのだろう。卯の花の枝に、忍ぶ心があると聞いているのに。
年月がめぐり来る、その車の輪になって、思えば、こうした折もあったのだった。
霜枯れの草の縁こそ、しみじみと心ひかれる。駒返るように芽吹いたなら、その駒をなつけたいものだ。
笹を分け入れば、荒れがまさるばかりでしょう。草の枯れた、駒が懐くはずの杜の下でしょうか。
葛城の、神代からのしるしが深いのならば、ただ一言で打ち解けてほしい。