古典和歌stream

蜻蛉日記 - 藤原道綱母

ほとゝぎすまた問ふべくも語らはで
かへる山路のこぐらかりけむ

時鳥が、また訪ねようとも言い交わさずに帰る、その山路は木暗かったことでしょう。

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蜻蛉日記

問ふこゑはいつとなけれど郭公
あけてくやしきものをこそ思へ

訪ねる声はいつと定まらないけれど、時鳥は、明けてしまって悔しい思いをすることです。

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蜻蛉日記 - 藤原道綱母

いかにせむ池のみづ波さわぎては
こゝろのうちのまつにかゝらば

どうしよう。池の水波が騒ぎ立てて、心のうちの松に、待つ心にかかるとしたら。

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蜻蛉日記 - 藤原道綱母

さゝがにのいづこともなく吹く風は
かくてあまたになりぞすらしも

蜘蛛の糸は、どこからともなく吹く風に、こうして幾筋にも分かれてしまうらしい。

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蜻蛉日記 - 藤原道綱母

今更にいかなるこまかなつくべき
すさめぬ草とのがれせぬ身を

今さら、どんな駒が懐いてくれようか。見向きもされない草だとして、逃れることもできない我が身を。

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蜻蛉日記 - 藤原道綱母

白妙のころもは神にゆづりてむ
へだてぬ中にかへしなすべく

白妙の衣は神にお譲りしよう。隔てのない仲に、返してくださるように。

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蜻蛉日記 - 藤原道綱母

唐衣なれにしつまをうちかへし
わがしたがひになすよしもがな

唐衣の、着馴れた褄を打ち返して、我が下前にする手だてがあればよいのに。

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蜻蛉日記 - 藤原道綱母

夏ごろもたつやとぞ見る千早ふる
神をひとへにたのむ身なれば

夏衣を裁つのだと見ることだ。千早ふる神をひとえに頼む身であるから。

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蜻蛉日記 - 藤原道綱

絕えず行くわがなか河の水まさり
をちなる人ぞこひしかりける

絶えず流れてゆく我が中川の水嵩がまさって、遠方にいる人が恋しいことだ。

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蜻蛉日記

あはぬせを戀しとおもはゞ思ふどち
へむ中川にわれをすませよ

逢わない瀬を恋しいと思うのなら、思い合う者どうしが行き来する中川に、私を住まわせてください。

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蜻蛉日記

なげきつゝあかしくらせば郭公
この卯のはなのかげに鳴きつゝ

嘆きながら夜を明かし日を暮らしていると、郭公が、この卯の花の陰で鳴き続けている。

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蜻蛉日記 - 藤原道綱母

かげにしもなどか鳴くらむ卯の花の
えだにしのぶの心とぞ聞く

陰でどうして鳴くのだろう。卯の花の枝に、忍ぶ心があると聞いているのに。

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蜻蛉日記

年月のめぐりくるまのわになりて
思へばかゝるをりもありけり

年月がめぐり来る、その車の輪になって、思えば、こうした折もあったのだった。

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蜻蛉日記

霜がれの草のゆかりぞあはれなる
こまがへりてもなつけてしがな

霜枯れの草の縁こそ、しみじみと心ひかれる。駒返るように芽吹いたなら、その駒をなつけたいものだ。

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蜻蛉日記 - 藤原道綱母

さゝわけばあれこそまさめ草枯の
こまなつくべきもりの下かは

笹を分け入れば、荒れがまさるばかりでしょう。草の枯れた、駒が懐くはずの杜の下でしょうか。

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蜻蛉日記 - 藤原道綱

かづらきや神代のしるし深からば
たゞ一ことにうちもとけなむ

葛城の、神代からのしるしが深いのならば、ただ一言で打ち解けてほしい。

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