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蜻蛉日記 - 藤原道綱

葛城の蛛手はいづこやつはしの
ふみ見てけりとたのむかひなく

葛城の蜘蛛手はどこにあるのか。八橋の、文を見たと頼みにする甲斐もなく。

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蜻蛉日記

通ふべき道にもあらぬやつはしの
ふみ見てきとてなに賴むらむ

通うはずの道でもない八橋を、踏み見たといって、いったい何を頼みにするのだろう。

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蜻蛉日記 - 藤原道綱

なにかその通はむ道のかたからむ
ふみ始めたるあとをたのめば

どうしてその通う道が難しかろうか。踏み始めた跡を、文を書き始めた跡を、頼みにするので。

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蜻蛉日記

尋ぬらむかひやなからむ大空の
くもぢは通ふあとはかもあらじ

尋ねる甲斐もありますまい。大空の雲路には、通った跡形もありますまいから。

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蜻蛉日記 - 藤原道綱

おほ空も雲のかけはしなくばこそ
かよふはかなき歎きをもせめ

大空にも、雲の梯がないのならばこそ、通うはかない嘆きもしましょう。

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蜻蛉日記

ふみゝれど雲のかけはしあやふしと
思ひしらずもたのむなるかな

踏んでみても、雲の梯は危ういと思い知りもせずに、頼みにすることよ。

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蜻蛉日記 - 藤原道綱

なほをらむ心たのもしあしたづの
くもぢおりくるつばさやはなき

それでもなお渡ろうという心は頼もしい。葦鶴が雲路を降りて来る、その翼がないわけではあるまい。

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蜻蛉日記 - 藤原道綱

かたしきし年はふれどもさごろもの
なみだにしむる時はなかりき

片袖を敷いて独り寝しながら年は経ったけれど、狭衣が涙に染みるときは、これまでなかった。

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蜻蛉日記 - 藤原道綱

我がなかはそばのぬるかと思ふまで
見きとばかりも氣色ばむかな

我らの仲は、そばの木も濡れるかと思うほどに、見たとだけの一言にも、そっけない気配が見えることよ。

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蜻蛉日記

天雲の山のはるけきまつなれば
そばぬるいろはときはなりけり

天雲のかかる山の、遥かな松であるから、そばに濡れる色は、常磐のまま変わらないのだった。

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蜻蛉日記 - 藤原道綱

いとせめて思ふ心を年のうちに
はるくることもしらせてしがな

たいそう切に思うこの心を、年の内に春が来るように、晴れるということも知らせたいものだ。

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蜻蛉日記 - 藤原道綱

かひなくて年暮れはつる物ならば
春にもあはぬ身ともこそなれ

甲斐もなく年が暮れ果ててしまうものならば、春にも逢わない身ともなってしまうだろう。

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蜻蛉日記 - 藤原道綱

我ならぬ人まつならば待つといはで
いたくな越しそ沖つ白浪

私でない人を待つ松であるならば、待つとも言わないで、ひどく越さないでおくれ、沖の白波よ。

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蜻蛉日記

越しもせずこさずもあらず浪よせの
濱はかけつゝ年をこそ經れ

越しもせず、越さないでもなく、波の寄せる浜は、波をかけられながら年を経ているのです。

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蜻蛉日記 - 藤原道綱

さもこそは浪の心はつらからめ
としさへ越ゆるまつもありけり

いかにも波の心はつれないのでしょう。けれども、年までも越えて待つ松もあったのだった。

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蜻蛉日記

千歲經るまつもこそあれほどもなく
越えては歸る程やとほからず

千年を経る松もあるというのに、間もなく越えては帰る、その間は遠くないのではありませんか。

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