古典和歌stream

山家集 - 西行

年暮れぬ春来べしとは思ひ寝に
まさしく見えてかなふ初夢

年は暮れた。春が来るはずだと思いながら寝たところ、その思いのとおりにはっきりと夢に見えて、初夢がかなったことだ。

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山家集 - 西行

山の端の霞むけしきにしるきかな
今朝よりやさは春の曙

山の稜線が霞んでいる様子に、はっきりと表れていることだ。それでは今朝から春の曙になったのだろうか。

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山家集 - 西行

春立つと思ひもあへぬ朝出でに
いつしか霞む音羽山かな

春が立ったと思いきることもできないでいる朝の外出に、もういつのまにか霞んでいる音羽山であることよ。

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山家集 - 西行

立ちかはる春を知れとも見せ顔に
年をへだつる霞なりけり

入れ替わってやって来た春を知れとでも見せつけるかのように、旧年と新年とを隔てて立っている霞であったことだ。

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山家集 - 西行

門ごとに立つる小松に飾られて
宿てふ宿に春は来にけり

家々の門ごとに立てる小松に飾られて、宿という宿にはどこにも春がやって来たことだ。

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山家集 - 西行

子の日して立てたる松に植ゑ添へん
千代重ぬべき年のしるしに

子の日の遊びをして引いてきた小松を、門に立てた松に植え添えよう。千年の齢を重ねるはずの年のしるしとして。

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山家集 - 西行

山里は霞みわたれるけしきにて
空にや春の立つを知るらん

山里では、一面に霞がかかっている様子によって、空に春が立ったことを知るのだろうか。

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山家集 - 西行

いつしかと春来にけりと津の国の
難波の浦を霞こめたり

早くも春が来たのだと知らせるように、摂津の国の難波の浦を霞がすっかり包みこんでいる。

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山家集 - 西行

わきて今日逢坂山の霞めるは
立ち遅れたる春や越ゆらん

とりわけ今日、逢坂山が霞んでいるのは、出発に遅れた春が今ごろ山を越えているからだろうか。

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山家集 - 西行

春知れと谷の細水漏りぞ来る
岩間の氷ひま絶えにけり

春が来たと知れと言わんばかりに、谷の細い流れが漏れ出してくる。岩間に張りつめていた氷は切れ目ができて、とぎれてしまったのだ。

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山家集 - 西行

霞まずは何をか春と思はまし
まだ雪消えぬみ吉野の山

もし霞がかからなかったら、何を春と思えばよいだろう。まだ雪が消えずに残っている吉野の山では。

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山家集 - 西行

藻塩焼く浦のあたりは立ちのかで
煙立ち添ふ春霞かな

藻塩を焼く浦のあたりでは、霞は立ち去ることもなく、そこへ塩焼きの煙までが立ち加わって、いっそう深くなる春霞であることよ。

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山家集 - 西行

波越すと二見の松の見えつるは
梢にかかる霞なりけり

波が越えているように二見の松が見えたのは、実は梢にかかっている霞であったのだ。

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山家集 - 西行

春ごとに野辺の小松を引く人は
いくらの千代を経べきなるらん

春が来るたびに野辺の小松を引く人は、いったいどれほどの千年を経ることになるのだろう。

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山家集 - 西行

子の日する人に霞は先立ちて
小松が原をたなびきてけり

子の日の遊びをする人よりも先に霞が立って、小松の原一面にたなびいていたことだ。

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山家集 - 西行

子の日しに霞たなびく野辺に出でて
初鶯の声を聞きつる

子の日の遊びをしに、霞のたなびく野辺に出て、その年初めて鳴く鶯の声を聞いたことだ。

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