山家集 - 西行
この山里へ、いったい誰をまた来いと呼ぶのか、呼子鳥よ。私はひとりきりで住もうと思っているのに。
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苗代の水の上に霞はたなびいて、水を引く打樋の上にもかかっているのだなあ。
雲がないのに、おぼろに見えることだ。霞のかかっている春の夜の月は。
山に住む人が片岡にかけて自分のものとして構えている庵の、その境のしるしに見える、玉を貫く緒のような細い枝の柳よ。
かえって風が干そうとするために乱れてしまったことだ。雨に濡れた青柳の糸のような枝は。
見渡すと、佐保の河原いっぱいに繰りかけたように、風に縒られている青柳の糸よ。
水底に深い緑の色が映って見えて、風に吹かれて、波が寄せるようにそろってなびき寄る川柳であることよ。
花を待つことによって、ほかのことに散ることのない私の心を、山桜よ、咲いたならば花のほうでも思い知ってほしい。
私のほかに誰がまた、花を尋ねて吉野山の苔を踏み分けながら、岩づたいに歩いているだろうか。
今になって春を忘れてしまう花もあるまい。心安らかに待ちながら、今日も一日を過ごそう。
気がかりなことだ。どの山の峰から、待たれている花は咲きはじめるのだろう。
上の空のまま家を出て、どこというあてもなく尋ね歩くと、雲と見えていたのは、実は花が雲のように見えていたのであった。
雪に閉ざされていた谷の古巣を思い出して、今は花に親しみまつわっている鶯の声よ。
吉野山の、雲を目当てにして奥深く尋ね入って、ずっと心にかけていた花を見ることだ。
遠くから思いを馳せる私の心は、花のもとまで行き着かないのだろうか。霞がすっかり包みこんでいるみ吉野の山では。
どこもみな一様に花の盛りになったことだ。山の稜線ごとにかかっている白雲(のような桜)よ。