古典和歌stream

詞花和歌集

いかなれば同じ流れの水にしも
さのみは月の映るなるらむ

どうしてなのだろう。同じ流れの水であるのに、そこにばかり月がそうも映っているのは。

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詞花和歌集 - 相模

住吉の細江に差せるみをつくし
深きに負けぬ人はあらじな

住吉の細い入り江に立ててある澪標のように身を尽くして、深い思いに負けない人などいないだろうよ。

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詞花和歌集 - 藤原道綱母

降る雨の足とも落つる涙かな
こまかにものを思ひ砕けば

降る雨の脚のように落ちる涙であることだ。こまごまと物事を思い乱れるので。

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詞花和歌集 - 赤染衛門

神無月有明の空のしぐるるを
また我ならぬ人や見るらむ

神無月の有明の空が時雨れているのを、わたしのほかにも見ている人がいるだろうか。

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詞花和歌集

忍ぶるも苦しかりけり数ならぬ
身には涙のなからましかば

思いを忍ぶのも苦しいことだった。物の数にも入らないこの身には、いっそ涙がなかったならばよいのに。

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詞花和歌集 - 和泉式部

音せぬは苦しきものを身に近く
鳴るとて厭ふ人もありけり

音沙汰のないのは苦しいものなのに、身近で鳴るからといって、その音を嫌う人もいるのだなあ。

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詞花和歌集 - 大弐三位

人の世に二たび死ぬるものならば
偲びけりやと試みてまし

人の世で二度死ぬことができるものならば、わたしが死んだとき、あの人が偲んでくれたかどうかを試してみるのに。

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詞花和歌集

夕霧に佐野の舟橋音すなり
手馴れの駒の帰り来るかも

夕霧の中で佐野の舟橋が音を立てているようだ。乗り馴れた馬が帰ってくるのだろうか。

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詞花和歌集

住吉の波にひたれる松よりも
神のしるしぞあらはれにける

住吉の波に浸って立つ松がはっきり見えるのよりも、いっそうはっきりと、住吉の神のご利益が現れたことだ。

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詞花和歌集 - 周防内侍

いかでかくねを惜しむらむ菖蒲草
うきには声も立てつべき世を

どうしてこのように声を惜しんで泣かずにいるのだろうか、菖蒲草よ。泥の中に根を張るように、つらいことには声をあげて泣いてもよい世の中なのに。

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詞花和歌集 - 花山院

よの中にふるかひもなき竹の子は
我がつむ年をたてまつるなり

世の中に生きながらえている甲斐もない竹の子のようなこの子は、筍を摘むように、自分の積み重ねてきた年を、あなたに差し上げるのです。

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詞花和歌集

年経ぬる竹のよはひを返しても
このよを長くなさむとぞ思ふ

年を経た竹のような老いたわたしの齢を返してでも、子であるあなたの世を長くしてやろうと思う。

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詞花和歌集 - 和泉式部

悪しかれと思はぬ山の峰にだに
生ふなるものを人のなげきは

悪くなれとも思わない山の峰にさえ、なげき(投げ木)は生えるというのに。人の嘆きもまた、誰が悪く思うわけでもなく生まれてくるものだ。

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詞花和歌集 - 能因

ひたぶるに山田守る身となりぬれば
我のみ人を驚かすかな

ひたすら山田の番をする身となってしまったので、わたしばかりが人を驚かせることだ。

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詞花和歌集

三笠山さすがに陰に隠ろへて
ふるかひもなきあめの下かな

三笠山の陰に、さすがに身を隠すようにして過ごし、雨が降っても甲斐がないように、生きながらえる甲斐もない天の下であることだ。

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詞花和歌集

君引かずなりなましかば菖蒲草
いかなるねをか今日はかけまし

あなたが引いてくださらなかったならば、菖蒲草の、どのような根を今日の節句に掛けたらよかったのだろうか。わたしもどのような声をあげて泣いていたことか。

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