古典和歌stream

千載和歌集 - 藤原俊忠

五月闇二村山の時鳥
峰続き鳴く声を聞くかな

五月の闇夜に、二村山の時鳥が、峰から峰へと続いて鳴く声を聞くことだ。

詳細を見る

千載和歌集 - 大江匡房

照射する宮城が原の下露に
しのぶもぢずり乾く夜ぞなき

照射の狩りをする宮城野の原の、草葉の下に置く露のために、身を忍ばせて獲物を待つ狩人の信夫もじずりの衣は、乾く夜とてない。

詳細を見る

千載和歌集 - 藤原顕季

五月闇さ山の峰にともす火は
雲の絶え間の星かとぞ見る

五月の闇夜に、山の峰で照射のためにともす火は、雲の切れ間に見える星かと思われる。

詳細を見る

千載和歌集 - 藤原顕綱

五月闇しげき端山に立つ鹿は
照射にのみぞ人に知らるる

五月の闇夜に、木々の茂った端山に立つ鹿は、照射の火によってだけ、人にその姿を知られることだ。

詳細を見る

千載和歌集 - 源行宗

照射する火串の松も消えなくに
外山の雲の明けわたるらん

照射の火串に挿した松明もまだ燃え尽きていないのに、どうして外山にかかる雲は、もう一面に明けてゆくのだろう。

詳細を見る

千載和歌集 - 源仲正

照射する火串の松も燃え尽きて
帰るに迷ふ下つ闇かな

照射の火串の松明もすっかり燃え尽きて、帰り道に迷ってしまう、月の出の遅い下旬の闇であることよ。

詳細を見る

千載和歌集 - よみ人しらず

山深み火串の松は尽きぬれど
鹿におもひをなほかくるかな

山が深いので、火串の松明は燃え尽きてしまったけれど、それでもなお鹿に思いの火をかけ続けることだ。

詳細を見る

千載和歌集 - 賀茂重保

照射する火串をまつと思へばや
あひ見てしかの身をば替ふらん

照射の火串の松明を、自分を待つ恋人だと思うからだろうか。鹿は「逢いたい」と願うあまり、その身を引き換えにするのだろう。

詳細を見る

千載和歌集 - 藤原季通

昔わが集めしものを思ひ出でて
見馴れ顔にも来る蛍かな

昔、私が学問のために集めたことを思い出してか、いかにも見馴れた顔つきでやって来る蛍であることよ。

詳細を見る

千載和歌集 - 源俊頼

あはれにも操に燃ゆる蛍かな
声立てつべきこの世と思ふに

しみじみと心を打つことに、声も立てずにじっとこらえて燃えている蛍であることよ。声をあげて泣いてもよいこの世だと思うのに。

詳細を見る

千載和歌集 - 源俊頼

あさりせし水のみさびに閉ぢられて
菱の浮葉にかはづ鳴くなり

鳥が餌をあさっていた水も、水錆に閉ざされてしまい、今はそこに浮かぶ菱の葉の上で、かはづが鳴いているようだ。

詳細を見る

千載和歌集 - 藤原忠通

夏深み玉江に茂る葦の葉の
そよぐや船の通ふなるらん

夏が深まって玉江に丈高く茂った葦の葉がそよいでいるのは、葦の向こうを船が通っているからなのだろう。

詳細を見る

千載和歌集 - 崇徳院

早瀬川澪さかのぼる鵜飼舟
まづこの世にもいかが苦しき

流れの速い川の水路をさかのぼってゆく鵜飼舟よ。来世の報いはさておき、まずこの世においてさえ、どれほど苦しいことだろう。

詳細を見る

千載和歌集 - 和泉式部

見るがなほこの世のものと覚えぬは
唐撫子の花にぞありける

見れば見るほど、やはりこの世のものとは思われないのは、この唐撫子の花なのであった。

詳細を見る

千載和歌集 - 具平親王

常夏の花も忘れて秋風を
松の陰にて今日は暮れぬる

常夏の花を愛でることも忘れて、松の木陰で秋風のような涼しい風に吹かれながら、今日一日を暮らしてしまった。

詳細を見る

千載和歌集 - 覚性法親王

春秋も後の形見はなきものを
氷室ぞ冬の名残なりける

春も秋も、過ぎたあとに残る形見はないものなのに、氷室だけは冬の名残なのであった。

詳細を見る