山家集 - 西行
夏の夜の月を見ることもないのだろうか。蚊遣り火の煙を立てている身分の低い者の粗末な家では。
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露が散る芦の若葉に月の光が冴え冴えとさして、秋の景色と美しさを競い合っているような難波江の浦であることよ。
手ですくい上げる泉の水に澄んで映る月の光は、手に取ることのできない鏡であったことよ。
すくう手の中の涼しい光を、名残惜しく慕うことよ。清水に宿って映る夏の夜の月の光を。
夏の夜でも、小笹の原には霜が降りているように見える。月の光が冷たく冴えわたっているので。
山の川の岩にせき止められて散る波しぶきを、霰のように見せている夏の夜の月であることよ。
光が冴えわたって、月がことのほか澄んでいるので、夏の池にも氷が張ってしまったように見えることよ。
月が自然と映って宿るはずのすき間もないほどに、池一面に蓮の花が咲いたことよ。
夕立が晴れると、月が宿って映っていたことよ。雨の玉を揺らしながら据えている蓮の浮き葉の上に。
まだその時期にもならないうちから身にしみる風の様子であることよ。秋が先立ってやって来る深い山辺の里では。
松風の音だけでなく、岩の上を激しく流れる水の音にも、秋はあったのだなあ。
山里では、家の外の葛の葉が茂っているので、その葉の裏を吹き返す秋風の訪れを、心の内で待っていることだ。
禊をして、幣を切って流す川の瀬に、そのまま秋らしくなっていく風が涼しく吹いていることよ。
さまざまなしみじみとした情趣をこめて梢を吹く風によって、秋が来たことを知る深山のほとりの里である。
秋になったと人は告げないけれども、自然とわかったことだ。深い山の裾を吹く風の様子によって。
秋になったと思うと、空までもいつもとは違って見え、三日月は割れて、その光を分けようとしているのだろう。