山家集 - 西行
人々が夜の月の名残を惜しむのにならって、有明の月がまだ沈まないうちにと手招きしている花薄であることよ。
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花薄は月の光と見分けがつかなくなってしまうだろう。もし深い赤みを帯びたますほの色に染まっていなかったならば。
月が澄んでいるといっても、荻を植えていない家であったならば、あわれの少ない秋であっただろうか。
もし月がなかったならば、日が暮れたら家へ帰ってしまっただろうか。たとえ野辺には花が盛りであっても。
花の盛りの頃の野のさまを、その光の中に映し出すので、秋の夜の月もまた、野守の鏡なのであった。
月の光の色を花の上に重ねて、女郎花は、その上に着た裳の下に、露を掛けて身につけている。
宵のうちは露にしおれていた女郎花が、明け方の有明の月の光の中では、戯れるように揺れている。
庭を冷たく白く冴えさせる月の光だったのだなあ。女郎花を、霜に打たれた花かと見たので。
月の澄みわたる浅茅の中に集まって鳴くこおろぎは、露が置くのによって秋を知るのだろうか。
置いた露をそのままに、こぼさないようにして折り取ろう。月の光の中で、小萩の枝で鳴く松虫の声もろともに。
自分の盛りの世、自分の夜だと思って、更けていく夜空を思っているのだろうか。声も休めずに鳴き続けるこおろぎであることよ。
夕露が玉を敷きつめたように置く田の、筵を敷いたように一面に実った稲の、重く垂れた穂先に、月が澄んで映っていることだ。
ほかに比べるもののない心地がすることだ。秋の夜の、月が澄みわたる峰で鳴く牡鹿の声は。
木々の間から漏れてくる有明の月の光が明るく澄んでいるところに、紅葉の色を添えて眺めたことだ。
竜田山の、月の澄みわたる峰も、そのかいがない。麓に霧が立ちこめて晴れないかぎりは。
昔のことを何によって思い出せばよいのだろうか。もしも月までも曇ってしまう世であったならば。