山家集 - 西行
思いもかけず、風情のある身分の低い者の住まいであることよ。蔦の紅葉を軒にまで這わせて。
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いつも変わらない松の緑の中に神々しく古びて、秋には紅葉こそが、朱塗りの玉垣となっている。
紅葉の散る野原を分けて行く人は、春の花の錦ではないが、また別の紅葉の錦を身にまとうことになるだろう。
大堰川の井堰によどんでいる水の色によって、秋がどれほど深くなったかが、おのずと知られることだ。
小倉山の麓に秋の色が満ちているのは、梢の紅葉の錦が、風に裁ち切られて散り落ちたからであろうか。
自分のものとして、秋の梢の紅葉を思うことだ。小倉の里に住まいを構えてからというもの。
山里の住まいのつらさは、秋の終わりにこそ身にしみて思い知る。悲しいものであったよ、木の葉を吹き散らす木枯らしの風は。
すっかり暮れ果ててしまう秋の形見として、しばらくは眺めていよう。紅葉を散らしてくれるな、木枯らしの風よ。
秋が暮れていくのを、暦の月の区切りで割り切っている山里の人の心を、うらやましく思う今日の夕暮れである。
どれほど惜しんでも、夜明けを告げる鐘の音までが、もう冬の響きに変わってしまったことよ。露を霜へと結び替えているのだろうか。
一晩じゅう、惜しげもなく吹き荒れる嵐であることよ。時雨がわざわざ染めあげた梢の紅葉を。
夜中に目を覚ましている人の心をわびしい思いにさせて、時雨の降る音は悲しいものであることだ。
霜が埋めつくしている葎の下で鳴くこおろぎの、あるかないかわからないほどかすかな声が聞こえてくる。
道もない。住まいは散った木の葉に埋もれて、まだその時期でもないのに早くもさせられる冬籠りであることよ。
木の葉が散ってしまうと、月の光に私の心があらわになってしまう。深い山に隠れて住もうと思っているのに。
時雨が降るのかと、寝覚めの床に聞こえてきたのは、嵐に耐えきれずに散る木の葉の音であったのだなあ。