源氏物語 - 紫式部
人の訪れも絶えて心が澄みきったというわけでもないが、世を憂しと思ってこの宇治山に仮の宿を借りているのだ。
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山おろしの風に耐えられない木の葉の露よりも、わけもなくもろくこぼれてしまう私の涙であることよ。
夜が明けてきたのに帰る家路も見えない。訪ねて来た槙の尾山は、すっかり霧が立ちこめてしまった。
雲のかかる峰の険しい山道を、秋霧がいっそう隔ててしまうころなのだ。
橋姫のような姫君たちの心を汲みとって、浅瀬を漕ぐ棹の雫に濡れるように、私の袖も涙で濡れてしまった。
棹をさして行き来する宇治川の渡し守は、朝も夕も雫に濡れて、袖をすっかり朽ちさせてしまっているのだろう。
目の前で出家してこの世を捨てるあなたよりも、離れたところで別れていく私の魂のほうが悲しいのだ。
命があったなら、我が子だと思って見ることもできただろう。人知れず岩根に残しておいた松が生い立っていく、その行く末を。
山風に霞を吹き払うような音は聞こえるけれども、隔たったまま見えている遠くの白波であることよ。
あちらとこちらの岸辺を波が隔てているとしても、やはり吹き通ってきてほしい、宇治の川風よ。
山桜が美しく咲いているあたりを訪ねて来て、同じ縁につながる插頭の花を折ったことだ。
挿頭の花を折るついでに、山里の粗末な垣根を通り過ぎていく春の旅人なのだろう。
私が亡くなって草の庵は荒れ果ててしまっても、この一つの約束だけは絶えないでほしいと思う。
どのような世になっても、離れることなどあるだろうか。末永い約束を結んだこの草の庵とは。
牡鹿の鳴く秋の山里はどのようであろうか。小萩に露がかかるように、あなたが涙にくれているだろうこの夕暮は。
涙ばかりが霧のように立ちふさいでいるこの山里では、垣根のあたりで鹿までが声を合わせて鳴いている。