源氏物語 - 紫式部
鳥の声も聞こえない深い山だと思っていたのに、世のつらいことはここまで訪ねて来たのだった。
詳細を見る
同じ枝を染め分けた山姫に、どちらが深い色かと尋ねてみたいものだ。
山姫が色を染め分ける心はわからないけれども、色が移っていくほうこそ深いのだろう。
女郎花の咲いている広い野を人に入らせまいとして、心狭くも標縄を張っているのだろうか。
霧の深い朝の原の女郎花は、深く心を寄せている人だけが見るものだ。
道案内をした私のほうがかえって迷うことになるのだろうか。思うようにならぬまま帰る、明け方の薄暗い道で。
あれこれと思い暮らしている私の心を思いやってほしい。自分のせいで道に迷うというのなら。
世間によくあることと思っているのだろうか。露の深い道の笹原を分けて来たことも。
夜着を着て馴れ親しんだ仲とまでは言わないが、恨み言くらいは言わせてもらってもよいだろう。
隔てのない心だけは通い合うとしても、馴れ親しんだ仲だとはおっしゃらないでほしいと思う。
仲が絶えてしまうわけでもないのに、橋姫のようにあなたは独り寝の袖を、夜中に涙で濡らすのだろうか。
絶えることはないというお言葉を頼みにして、宇治橋のように遥かな仲を待ち続けるべきなのだろうか。
いつだったか花の盛りに一目見た木のもとまでも、秋は寂しく感じられることだ。
桜こそが思い知らせてくれる。咲き匂う花も紅葉も、変わらずにはいられないこの世であることを。
どこから秋は去っていったのだろう。山里の紅葉の蔭は、立ち去りがたいものであるのに。
かつて会った人ももういない山里の岩垣に、変わらぬ心で長く這いかかっている葛であることよ。