古典和歌stream

金葉和歌集

いつをいつと思ひたゆみてかげろふの
かげろふほどの世を過ぐすらむ

いつかはいつかはと思って気をゆるめ、かげろうがほのかにひらめくほどの、はかないこの世を過ごしているのだろうか。

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金葉和歌集

世とともに心のうちにすむ月を
ありと知るこそ晴るるなりけれ

いつも変わらずに心の中に住み、澄みわたっている月があると知ることこそが、迷いが晴れることであったのだ。

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金葉和歌集

今日もなほ惜しみやせまし法のため
散らす花ぞと思ひなさずは

今日もやはり、花の散るのを惜しんだことだろう。これは仏法のために散らす花なのだと思いなさなかったならば。

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金葉和歌集 - 和泉式部

あさましや剣の枝のたわむまで
こは何のみのなれるなるらむ

なんとあきれ果てたことか。剣の枝がたわむほどまでに、これはいったい何の実がなっているのだろうか。いったい何の身がこうなり果てたのだろうか。

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金葉和歌集

草の葉に門出はしたりほととぎす
死出の山路もかくや露けき

草の葉の上に旅立ちはしたことだ。ほととぎすよ、死出の山路もこのように露にぬれているのだろうか。

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金葉和歌集

たゆみなく心をかくる弥陀仏
人やりならぬ誓ひたがふな

怠ることなく心をかけて頼みとしている阿弥陀仏よ、誰に強いられたのでもなく自ら立てたその誓いに、どうか背かないでほしい。

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金葉和歌集 - 源俊頼

阿弥陀仏と唱ふる声を楫にてや
苦しき海を漕ぎ離るらむ

阿弥陀仏と唱える念仏の声を楫として、苦しみの海を漕ぎ離れていくのだろうか。

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金葉和歌集 - 源俊頼

七十にみちぬる潮の浜久木
久しく世にも埋もれぬるかな

七十歳に満ちた私は、満ちてくる潮に埋もれる浜久木のように、長いあいだ世に埋もれてしまったことだ。

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金葉和歌集 - 大江匡房

春霞たち隠せども姫小松
ひくまの野辺に我は来にけり

春霞が立ちこめて隠しているけれども、姫小松を引くという名の、この引馬の野辺に、私はやって来たことだ。

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金葉和歌集

山桜梢の風の寒ければ
花の盛りになりぞわづらふ

山桜は、梢を吹く風が寒いので、花の盛りになりかねていることだ。

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金葉和歌集 - 源仲正

春の日ののどけき空に降る雪は
風に乱るる花にぞありける

春の日ののどかな空に降る雪は、実は風に乱れて散る花であったのだ。

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金葉和歌集

白雲と峰には見えて桜花
散れば麓の雪とこそ見れ

桜の花は、峰では白雲のように見えて、散ると麓では雪のように見えることだ。

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金葉和歌集

花のみや暮れぬる春の形見とて
青葉の下に散り残るらむ

花だけが、暮れてしまった春の形見として、青葉の下に散り残っているのだろうか。

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金葉和歌集

卯の花を音無川の波かとて
ねたくも折らで過ぎなけるかな

卯の花を、音無川の波かと思って、いまいましいことに、折らずに通り過ぎてしまったことだ。

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金葉和歌集

卯の花の青葉も見えず咲きぬれば
雪ぞ花のみかはるなりけり

卯の花が、青葉も見えないほどに咲いてしまったので、まるで雪であり、雪と変わるのは花であるということだけなのだ。

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金葉和歌集

稲荷山尋ねや見まし時鳥
待つにしるしのなきと思へば

稲荷山を訪ねて行ってみようか。ほととぎすを待っていても、そのかいがないと思うので。

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