金槐和歌集 - 源実朝
神の伊豆のお山の美しい椿は、八百万代の後までも、その色は変わることはないだろう。
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古びてしまった朱塗りの玉垣は神々しくなって、破れた御簾に松風が吹いている。
石上の古い都は神々しく古びて、神の祟りでもあるのだろうか、人も通わない。
上野国の勢多の赤城の神社よ、その神はどのようにしてこの大和の国に姿を現されたのだろうか。
里の巫女が湯立ての神事に振る笹がそよそよとなびき、起き伏しするように、なすがままでよい、世の中は。
瑞垣のように久しい昔から、木綿襷をかけるように神にかけてきたこの心は、神がご存じであろう。
大日如来は種子から現れ出て三昧耶形となり、その三昧耶形がまた尊形となる。
塔を組み立て堂を造るのも人々の嘆きとなる。懺悔にまさる功徳などあるだろうか。
炎ばかりが空いっぱいに満ちている阿鼻地獄は、逃れる行方もないというが、それを思うのもむなしいことだ。
世の中は鏡に映る影なのだろうか。有るのでもなく、無いのでもない。
神といい仏というのも、世の中の人の心の外にあるものであろうか、いや心の中にあるのだ。
姫島の小松の梢にとまっている鶴は、千年を経ても年老いることがない。
鶴のいる長柄の浜の浜風に、万代をかけて波が寄せているようだ。
鶴のいる長良の浜の浜松は、何かを待つというのでもなく、千代を経ていることだ。
わが君の御代はなおも尽きることはないだろう。住吉の松が百度生え変わったとしても。
これからの行く末も限りがわからない。住吉の松は、これまでにどれほどの世の年を経てきたのだろうか。