金槐和歌集 - 源実朝
住の江に生えているという松は枝が茂っているので、その葉の一枚一枚に千代の数がこもっている。
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行く末の千年をこめて春霞が立ちこめる立田の山に、松風が吹いている。
位山の、これからいっそう高くなるであろう松にばかり、八百万代まで栄えよと春風が吹いている。
岩の上に生える小松も年を経た。幾千代までと約束しておいたのだろうか。
竹の葉に降り覆う雪で梢が重く垂れているので、その下にも千代を保つ竹の緑の色は隠れない。
しなやかな竹は数多くの年を経て老いたけれども、その幾つもの節々は色も変わらない。
しなやかな竹の数多くの小枝や葉のついた枝の、その節々に、幾世もの年月がこもっている。
ともに育ち、袖の触れあってきたわが家の竹は、幾世も経てきたことだ。私の友として。
岩に生えている苔の緑の深い色を、幾千代までも変わらないようにと、誰が染めたのだろうか。
小瓶に挿した梅の花は、万代を経るであろう長寿の髪飾りであることだ。
わが家にある桜の花は咲いたことだ。千年の後の春も、いつもこのように見よう。
幾千の春、幾万の秋を生き長らえて、月と花とをわが君はご覧になるに違いない。
わが君の御代に、なおも生き長らえて、月が清らかなので、秋の空の月の光を待ちたいものだ。
万代にわたって見ても見飽きることはないだろう。九月の有明の月が空にある限りは。
朝廷に仕えて、わが世は尽きることはないだろう。天の戸を開いて出る月と日が照らす限りは。
わが君の御代も、私の世も尽きることはないだろう。石川の瀬見の小川の流れが絶えないように思うので。